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セミナーB
「ブロードなバンド」

鮎川 誠(ミュージシャン)
勝本道哲(工学博士)
宮田人司((株)ゼン代表取締役社長)
コーディネーター:池田洋一郎((株)オトショップ代表取締役)
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■SeminarB

池田洋一郎氏

●池田:今日のこのセミナーは、楽に共感しあいながら学ぶことがあって、帰りには少しでも自分が変わったんじゃないかというところまでいったら最高だと思っています。それでは「ブロードなバンド」というセミナーを始めます。老婆心ながら、勝本さんに教えていただいたんですけど、ブロードバンドというのは、10メガくらいの光ケーブルが常時接続でストレスなく重いデータのやりとりが楽しめるもので、料金としては月2000円くらい。そういうふうにインフラが整った時に世の中がどうに変わっていくのかを念頭に置きながら進めていきたいと思います。まず、コーディネーターの特権として、鮎川さんにどういうきっかけでロックバンドの道を歩まれたのかお聞きしたいと思います。

●鮎川:ラジオでしかロックが聞けなかった時代が続いていた頃に生まれて、高校に入った1964年にビートルズやローリング・ストーンズがアメリカ経由で入ってきました。「ビートルズを知ってるか」というのが、高校での新しい仲間との出会いの合い言葉でした。ロックのコミュニケーションが始まった時代だった気がします。中学の頃は音楽が好きで、家でレイ・チャールズなどを聞いているマニアな感じでした。  エルビス・プレスリーやレイ・チャールズは生まれながらの天才でスーパーロッカーでしたが、ストーンズやゾンビーズを見ると、4、5人集まってそろいの服を着て、となりの兄貴たちがやっている。「お前もやってみろよ」といった感じでした。そういうロックとの出会いがギターを始めるきっかけです。
ギターは買えなかったが、金持ちの息子がギターを見せびらかしに学校へ持ってくると、部室で4、5人並んで順番に使い回していました。3年生の時、修学旅行の積立金が唯一自由になりそうなお金だったので、また、団体旅行がいやだった時期でもあったので、それを返してもらいギターを1本買いました。ちょうどその年の6月にビートルズがやってきて、友だちとかじりついて見たんです。夏休みに昔の野球仲間から、バンドをやっているから見に来いよと誘われて行ってみると、納屋の2階にアンプがありました。ベースアンプにボーカルとベース、もう1つのアンプにギター2本、それだけでバンドができるんです。僕にもギターを貸してくれて、一緒にやったのが初めての体験でした。その夏、プールサイドでデビューして、それからまっしぐらに今日まで来ています。

●池田:国立大学へ入るとサラリーマンになるという選択もあったと思いますが。

●鮎川:ロックは聞くだけと自分でやるのとでは大違いで、頭の中はコードのことや曲のことばかり考えるようになって、ほかは手につかなくなりました。60年代の終わりまでは大人が強い社会で、僕たちはロックじゃなきゃダメだという新しい時代、大人はロックは不良だと言って「髪が長い。女みたいだ。切れ」そんな滑稽な時代でした。思いきりロックをやるためには、大学という隠れ蓑に入ればいいというステキなアイデアが浮かんだのです。いい大学に入ると大人はころっと態度が変わるので、そうすればロックをやれるだろうと思ったんです。就職とかではなくて、腹いっぱいロックをやるために大学に入りました。

●池田:次に、優良企業を経営されている宮田さんですが、実はミュージシャンでした。最初に音楽制作会社をされていたそうですが、その頃はどうでしたか。


鮎川 誠氏
 

宮田人司氏

●宮田:僕もミュージシャンで学生時代にバンドを始めて、ベースプレーヤーでした。なぜベースかというとギターより弦が2本少ないから簡単なのではと思ったからです。それでベースを中学から始めたのですが、趣味が偏っていてジャズとかフュージョンが好きだった。黒人のベースプレーヤーは見た目が格好いいですから。僕は何でも見た目から入るので、あんなふうに弾けたら格好いいなと。そのジャンルの音楽は商売になりにくくて、まわりは派手なロックとかをやってたから、僕は仲間がいなかった。それで、スタジオミュージシャンをやってみたいと思いました。
音楽制作会社をつくったのも、いろんな音楽をやってみたかったからです。例えば、映画音楽とかコマーシャルとか、もちろん普通 のポップスも好きですし、いろんなことにチャレンジしたかった。

●池田:音楽制作会社から、デジタル全般のコンテンツの制作会社に成長を遂げた、そのあたりのお話も聞かせていただきたい。

●宮田:きっかけは、Macintoshとの出会いです。音楽をつくるツールというのは、その当時Macがメインでした。もちろんDOSでもいくつかありました。音楽ソフト自体を使いやすいと思えなかったんです。友だちとシーケンスソフトをつくったこともあるんです。僕はプログラムできないのでアイデア担当でした。これはDOSで初めてのマックライクなインターフェースのシーケンスのソフトだったと思います。
僕の中では、コンピュータと音楽は切っても切り離せない関係になっています。音楽をつくっているとどうしても、映像とかあちこちに興味がいってしまい、アップルとの出会いがあって、いわゆるCD-ROMの全盛期ですね。マルチメディアってこういうものなんだとわかった。それまでは、言葉だけが突っ走っていて、何がマルチメディアなのかわからなかったんですが、自分でつくれるのならやってみたいと思って始めたのがマルチメディアビジネスです。いくつかのCD-ROMタイトルをつくったり、海外物の日本語化などをやっていましたが、時代の流れで、マルチメディアには今度はネットワークという要素が切っても切り離せなくなってくるんです。それが1994年頃、インターネットという言葉が出始めた頃だと思います。最初にネットワークのビジネスとして始めたのがBBS。GUIでグラフィカルにできるソフトで、文字ベース、キャラクターベースのチャットルームしかなかった頃に、すべてがアイコンで操作できるソフトがあり、これは面 白いと接続サービスを始めました。このサービスをやっている中でインターネットというのが聞こえてきて、やるしかないだろうと、そのままISPを始めたんです。
僕たちがISPの登録をしたのが日本でも非常に早かったほうです。その頃、128kの回線を事務所にひいてISPをやっていました。今から考えると信じられないですね。


●勝本:僕は初期は、96kとか48kでやっていましたね。

●池田:勝本さんは旧総務省に入られた工学博士で、鮎川さんのお話と対照的なのですが、ぜひお話をお聞きしたい。




勝本道哲氏
●勝本:僕も基本的にミュージシャンで、バンドをやりたいと思っていました。インターネットが日本に入ってきて、まだ10年くらいしかたっていません。15年前に、ロサンジェルスでバンド活動を楽しみたいと思ったのですが、何もなくて行くのも大変だから、とりあえず大学へ行きました。そこで初めてインターネットを見て、これはすごいと思い、勉強しました。インターネットの開発自体はもう終わりました。技術はできたのですが、この技術を使ってくれる人がなかなかいませんでした。昨日のフォーラムのライブもそうですが、最近になってやっとこの技術を使った活動ができるようになりました。

●池田:ローリング・ストーンズがライブ中継をやりましたが、最初はひどかった。ミック・ジャガーがこんなものライブ中継じゃないと怒りまくったという話です。

●勝本:この中継は1995年ですから、まだまだ技術的にできていなかった頃です。

●池田:音楽が好きな人には、バンドをやろうと思う人と、音響特性とは何かというようなものに興味を持って研究するといった2つのタイプがあると思うのですが。

●勝本:まず何よりも音がきちんと録音できるか。それと、僕は趣味としてバンド活動をやっていて、やはりステージに立っている時が一番気持ちいいんです。これをどうやって、会場にいる人に伝えるかが課題です。1つは、きれいに録音できる。昨日のフォーラムのライブはものすごいクオリティで録音してあります。音がいいことが条件で、その次にみんなにどうやって伝えるかです。

●宮田:ものすごいクオリティってどういうものですか。

●勝本:ロックなのに全部24ビット、96キロヘルツで録ってあります。

●池田:24ビット、96キロヘルツというのは、みんなわからないと思うのですが。

●勝本:難しい話はやめましょう。要は、きれいに録れる。デジタルというのは0と1しかありません。音というのは波になっていて、それを24分割したという話で、細かくすれば原音に近くなっていきます。

●池田:昨日のフォーラムのステージはすごいエンジニアリングを見せていただいたので、あそこまでいくと官庁という感じがしないのですが、現在はどういうポジションだと思っていらっしゃるのですか。 勝本:昨日は一応、Mach1.67のメンバーとして参加しました。いろんな顔を持っていますので。

●宮田:昨日のライブはみなさん見たんですよね。僕はスピーカーの前にいたんですが、体が揺れましたよ。

●勝本:昨日は何種類ものスピーカーを使っていました。

●池田:私は今、何か特徴的なコンテンツがないかと思って、モーションキャプチャーで日本の伝統の動きをアーカイブしようということをやっています。画面 をお願いします。 これは、大島さんという有名なお茶の先生にモーションキャプチャーを使って、お茶の所作を分割してとらせていただきました。僕が今、使っているのはmotion diveなんですけど、面白いオリジナルのマテリアルがあれば、それを即座に編集して見せるようなソフトがたくさん出てきましたので、3Dのアニメーションをつくろうとしています。例えば、ハリウッドの制作会社が日本のこういうCGをつくりたい時に買ってもらえないかと思って、このようなモーションデータを著作権フリーの素材集でだそうと思っています。

●宮田:おもしろいですね。これは実際にモデリングしたものとかあるのですか。

●池田:まだデータのままです。今、キャラクターのモデリングを進めている最中です。
(セミナーでの発言から一部を抜粋して掲載しています)
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