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セミナーA
「100年ルール」

原 由美子/ファッションディレクター、スタイリスト
皆川 明/ミナ ペルホネン チーフデザイナー
明和電機/アートユニット
浜野保樹/東京大学大学院新領域創成科学研究科教授
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■SeminarA

セミナー会場風景

●浜野:佐藤卓さんからの指令で、『「100年ルール」ということで、表現とかアートとかについて語れ!』とメールがありました。これは佐藤さんと中島さんと私の方で、佐藤さんのお考えを聞きながら、「表現で何かルールとして語っておくべきことがあるだろうか」と言った時に、「皆川さんというすごい人が“100年着られる服”とおっしゃっていて、“100年”の音がいい(100年という響きがいい)」ということになって、「それじゃ100年ルールにしよう」ということで、決まりました。
これまでファッションというのは、自分が作ったスタイルを陳腐化させて、これはもう時代遅れだなと思わせたものが勝者だったのですね。
次から次に変えさせていった人がビジネスとして成功するという・・・。
これは専門家の原さんのいる前で言うと叱られるかもしれませんが、私はそう思っていたのですが、反対のベクトルを皆川さんは提示されましたし、アートというのはまた逆に、新しい自分を崩しながらどんどん自分のスタイルを作っていくんだけど、でも何かが歴史に残る、何かが伝わっていくということで「どういう考え方を持って表現というもの、自分の表現を律しているか、ルールを持ってやっているかということを議論したい」と思います。
後でそのトータルな、表現家としても非常に素晴らしい活動をされている、原さんに御自分の考え方とかファッションとか、生き方も含めて、ファッションと言うのは一番身近な表現ツールですから、そういうことも含めて総括してもらおうと思っています。幸い今日、皆川さんが御自分の作品というかテキスタイルとか最近のご活動のビデオを持ってきていらっしゃいますので「100年ルール」ということで引っかかるようなことを交えながら、皆川さんから御自分の活動を紹介していただきたいと思います。

●皆川:皆川と申します。ミナペルホネンというブランドを始めて、「100年ルール」について話すということですけども、僕らはまだ始めて10年なんです。
始める時、最初に思ったのがせめて100年、と思って始めたんですけども、その10年が今やっと経ちまして、ファッションにはたまたまヨーロッパを旅行中に出会ったファッションの仕事を、これを自分の一生の仕事にして、と思って始めたんですけども。すごく不思議だったことは、ワンシーズンごとにデザインが語られている、ということは、まだファッションに強い関心が無かった自分にとっては最初に気づいた面白いところだったんですね。建築とかインテリアに比べて、なんて短くデザインの価値があるんだろう、というのがすごく興味を持ったところです。
ほんとにデザインの価値っていうのは半年で、例えばお店に出てからは実際には半年ではないんですよね、例えばセールっていうのを楽しみにしていると思うんですけど、実際には3〜4ヶ月経つとその価値は半分ですよ、ってお店で言う訳ですよね。ほんとにそうかなぁと思って、そうじゃない価値は無いのかなぁ、っていうのが、この仕事を一生やろうと思ったきっかけでした。
それで「100年」と考えた時にすごく自分はこの仕事をやりやすいなぁ、と考えたんです。
もちろん、自分が100年生きる訳ではない。生きたとしてもデザインをやっていけるとは思いませんが「100年のうち自分は何十年受け持とうかなぁ」と思って、「30年受け持とうかなぁ」と思ったんですよね。自分はもともと陸上の長距離をずっとやってまして、体育大を辞めてファッションに来た、みたいなところがあったので、駅伝に例えて「自分は最初の第1走者になって30年やって、次に自分の立ち位置を第2走者に渡そう」みたいなことになると、自分のやることがすごく見えたんです。
今、自分たちがやっていることは、オリジナルでファブリックを作ってそれで洋服を作ったり、インテリアのデザインをしたりしているんですが、自分のやることは、「僕の後にやってくれるクリエーターやミナペルホネンとして一番やりやすい環境を作る環境作りの30年」にしようと思っていて、世界中の工場を月に1回位行っては工場の人と話して「僕らのものづくりを理解してやってくれる所はないかなぁ」と言ってるんですけど、「自分がいる間にデザインを通して色んなものづくりの関係性を作るっていう30年にしようかな」と思ったんですね。
それともう一つ。浜野先生がお着物を着ていらっしゃるんですけど、着物っていうのは本当に長い時間受け継がれて代々持っていくっていうことが定着している日本の衣服だなぁって思うんですけど、既製服っていうものは本当に短いサイクルで、例えば「破れちゃった」とか「ちょっとほつれちゃった」とかでそれは”もう着ないもの終わったもの”みたいな感じになってしまっているのがすごく残念で、僕らが生地から作ったらそれは全部直しが出来るんじゃないかとも思いまして、今ではだいたい10年で500種類位のテキスタイルを作っているんですけれども、それをすべて少しずつストックしておいて、何年か前に買われたお客様が、「ちょっとほつれた」とか「引っ掛けて破けてしまった」なんていうことを修理することをしてるんですが、こうやって直しながらずっと着られるという服を既製服でやってみたいなということがあって、今しています。
デザインということはもちろん大切なことなのですが、「デザインの寿命について新しい考え方、視点を自分たちのものづくりで表現できたらな」と思っています。
つい何年か前に、お客様が破けてしまったという生地がたまたま僕らのストックも無かったんです。ファッションは日本の場合、四季がしっかりあるんで、春夏の素材の生地が破けてしまったのでシーズンが終わった時に「半年預からせてください」と言って、半年お直しで預かったんですね。生地が無かったので、その半年の間に工場へ行って一着分だけ織ってシーズンが次に始まるまでに直してお戻ししたんですけど。
生地と言うのは現在は機械で織るのが常なんで「数を沢山作らないとできないよ」っていうのが一般的な考えなんですけど、そこを無理をしてでも、長く着たいっていうことに応えるっていうことをやってみたいなと思って、一着分の生地を織って直して、「着ていただいて有難いなぁ」という気持ちでお戻ししたんですけど。
「どんどん新しいのを買ってもらわないとブランドとしてどうなの」っていうのは、よく言われるんですけど、それも「消費っていうことが、果たして自分たちがものづくりを継続するための条件かな」と、ちょっと思いとどまるところであって、逆に自分たちの服が、その着てくださる方だったり、またお子さんだったり、「継がれていくということの信頼のほうが、却って自分たちのものづくりの継続に繋がるんじゃないかな」と思っております。
「100年」て長いようで、すごく短いんです。人間の一生からしたら、100年着るって大変なことなんですけど、こう脈々と続いていく、例えばファッションでもファッションブランドで100年以上続いているところは沢山あると思いますけど、ヨーロッパの生地屋さんと一緒にものを作っていると「うちは250年なんだ」と言って、250年前の資料を見せてもらって、延々と続いているんですよね。デザインは”遺伝子みたいなもん”で、そのブランドやメーカーの中でそのデザイナーがクリエイションしていって、そのブランドやメーカーの遺伝子にクリエイションの考え方がどんどん擦り込まれていって、それを次のクリエーターが遺伝子として受け継いで、それが本能のように、親の顔に似るように、ただ性格はまたその人間の個性として現れてくるように、クリエイションが受け継がれていくっていうことはできるんだな、ということはすごく感じていて、僕らは10年しか歴史がないですから、次に受け継ぐということがまだできてないんですけど、そういう気持ちで作っていったら「僕が知らない将来のミナペルホネンで一つ形が見えるんじゃないかな」と思っているんです。
日本の伝統的な技術もうまく残したいな、と思って「絣(かすり)」という技法がありますけれども、それで何かできないかと。この生地は”フォレストゲイト”という名前が付いてまして、木の部分が絣で織られています。なので縦に少しボヤけていますが。この絣というのは、手で織られている、手織りの着物の世界でずっと続いてきたので、なかなか機械織りではできないとされていたんですけれども、何とか染め屋さんと機やさんと説得して「絣」というものが手織りでなくてもできたら、いわゆる既製服、ものすごく高価な着物のような値段ではなくても着ることができるな、と染め屋さんと機やさんと協力して、機械を少し改造したりしながら作ったんですけれども。
でもやはり、機械だったら人いらず、っていうことではなくて、この場合にはずっと機械の前に人が立って、糸がズレないか一日中立っていなくてはいけなくて、人と機械が今までよりもう少し密接に結びついたらできるという技術が沢山あるということに気づいたものです。
そのように、今まで普通に使われていたものが、新しい視点というものを考えていくと伝統的なことだったり、今まで当たり前のように見えていたものがちょっと変わって、また次の時代に繋がっていくんじゃないかなと思って、そんなことを考えながら図案を描いてます。

●浜野:皆川さんは一人の瞬間の表現者なんだけど、自分が時間軸を持ってその存在を検証されてまわるっていうことを、僕は気づいた瞬間って、とてもすごいと思うのですが、北欧に行かれた事だけがきっかけだったのですか?

●皆川:北欧・・・そうですね。祖父母が家具屋でして、ヨーロッパの家具ですとか、日本の伝統家具を扱っていたんですけれども、祖母が特によく漆の話をしてくれていて「漆っていうのは600年もつ。日本で他にこんなに優れた塗料はないんだよ。」という話を聞きながら、僕には分からないけれど600年続くものがあるんだ、と自分の持っている時間以上にものの寿命というのはあるんだな、と感じて、どちらかというと北欧でもインテリアとか建築の時間軸を、ガウディなんかもそうですが、何百年と作っていたり、そういうのを見ると、自分のもってる時間でものを作るというのは、とても狭い範囲のことだな、っていうのを結構北欧に限らず色々若いころ旅をしていて目にするものに人間の持っている寿命を超えているものが沢山あるな、っていうのを感じたのがとても大きいと思います。

●浜野:きっかけを与えたヨーロッパで、今度皆川さんは挑戦されて、今日もし映像をお持ちでしたら是非それをお見せいただけますか?

●皆川:次のちょうど、もうすぐお店にも並ぶ春夏のコレクションをパリで一緒にやっているプレスルームで小さなショーをしました。ファッションショーというと、モデルさんが洋服を着て歩いて裏返して、という見せ方がそれだけではないですが一般的で、その見せ方が今も主流です。そうではなくて、何か”ファッションが楽しい”とか、そういうことを僕らのコレクションを見ていただく以上に”ファッションが楽しい”と感じることをお見せしたいなと思ってやったことがありますので今、映像で流させていただきます。
僕はファッションデザイナーとして、クリエイションを発表していくときに、発表の仕方というのも、方程式が本来無いはずなので、モデルさんが着て歩く、ということだけではない見せ方をちょっとしてみようかなと思って、ショーの会場ではなくて人が住んでいるような場所で、コンテンポラリーのダンスで見せてみよう、という提案をしました。

●浜野:では、土佐さんの方に移りたいと思いますが、ファッションのお話で、新しい皆川さんのコンセプトってすごく胸を打つ考え方だと思うんですけど、アートっていうのは時代の分からないところを先端的に切り裂いていくっていうところありますよね。時代時代で、さっき言われたように。でも残るものもあるし。アーティストとしての土佐の位置っていうのは、自分の作品を残すっていうのか、時代の評価を受けるっていうところに関してね、どういうスタンスを持っているかっていう、アート、表現を志す人間にとって土佐さんの考えっていうのは、みんな知りたいと思うし、僕もすごく知りたいので、そのことを含めてね、語っていただけますか?

●土佐:はい、分かりました。明和電機という活動はずっとやっていまして、最初はお兄ちゃんと一緒にやり始めたんですが、もともとはうちの親父がやっていた電気屋なので、兄が続いて社長をやり、今は僕が社長をやっているんですね。
明和電機の作っているもの達っていうのは、共通することは全部使える道具なんですね。先ほど、浜野先生からご指摘があったように「芸術というのは新しいものを作らなければいけない、そういう視点が無ければいけない」という、そういうジャンルというか、僕も確かにそう思います。アバンギャルドですね。ただ、最先端ということと、そしてそれが時代に残っていくということは、相反するように思うんですが、僕の中ではそれはイコールで、革新的なアイディアというのは人の思考を変えてしまうので、残っていくものだと思うんですね。例えば、ニュートンさん。万有引力というのを発見しました。何がすごいかというと、万有引力っていう、全員、皆さん地球の中心に引っ張られているんですよ、今。でも、それまでそのことに一切気づいていない人たちが、ずっといて、ニュートンさんは自分の理性、洞察力だけで考えて、みんな引っ張られていると気づいた訳ですよね。それを人に説明できると、全員が納得して「あ〜引っ張られているよ」となる訳ですね。そうするとそれ以降、後の時代の人たちはみんな、引っ張られていると思う訳です。
それは、意識が変わってしまうことによって、世界の見方が変わるんですけども、それが僕が実は一番やりたいアバンギャルドなことなんですね。
「エーデルワイス」という、今一番取り組んでいるシリーズのお話をしたいんですが、「100年ルール」というところで、僕が気になっているお話があって、“源氏物語”なんですね。これが何故気になるかというと、“ラブストーリー”で、あれは“トレンディードラマ”なんですが、“今から1000年前に書かれたトレンディードラマを今もみんなが有難がって読んでいる”と。物語の力ってすごいなぁと思って。
僕はこういう作品を作る時にですね、図面を必ず残します。芸術作品というのは、絵画であれば1枚描いてしまえば終わってしまうんですが、僕はそれはすごく最初の出発点からそれが嫌で、図面が欲しかったんですね。図面さえ残っていれば再現が可能ですし、僕が作らなくても中国でも作れますし、ヨーロッパでも作れます。それは、“ものの本質”っていうのは“もの”にあるのではなくて、セオリーというかメソッドというか、別なところにあるんじゃないかと思って、図面を引くというか、図面が欲しかったんですね。
多分、人間も“遺伝子というコード=物語=メソッド”があるんだけれども、次の世代にいくときには必ずそれが“卵子と精子という物語=コードが詰まった最小単位”に1回なって、そこからまた人間というものになっていって、また”物語=コード”になっていって、また人間になっていくという。
先ほど皆川さんもおっしゃったように、“物語”と“もの”を繋いでいくことによって、やっぱり100年経っていくんだろうな、と思って”源氏物語”が気になったんですね。
ファッションというテーマが出てきましたので、この「エーデルワイス」というテーマも実は「ファッションって何だろう」ということを僕なりに考えて書いたものです。僕は芸術家なので、“ファッション”というのはすごく対極に思えるんですよ。表層というか、皆川さんのおっしゃる、「100年」残らない、1年後のことを考えてクリエイションをするということが、すごく自分とは対極だなぁと思って、表層というものでクリエイションすることにすごく興味があって、作った物語で。
そして、最初のまとめのようになりますが、“もの”という“目に見えるもの”を作っていくのが芸術家なんですけども、本質的には“セオリー”というものを見つけたいという気持ちがあって、それを僕は探しています。

●浜野:皆川さんと土佐さんのね、ひとつ凄く影響ある共通点というのは、お父さんがタンスとか、電気工事でしたっけ。昔の職人とかそういった人っていうのは、名も無き人でもね、事柄をないがしろにしなくて、ちゃんと名前は分からなくても、キチッとしたことをやったと。ヒューザーみたいなことしないっていうね、そういうこと。ちょっと言いすぎですかね。

●土佐:そうですね、ただ確かにそうで、明和電機をやる時、制服を着ようと思ったのは、“職人の誇り”というのがあったので。でも明和電機もヒューザーみたいに壊れるものばっかり作っているんですけども。ライブドアみたいにパフォーマンスばっかりしているんですけれども。何故生き残れるか、13年も生き残ってこれたのかっていうとやっぱり、“職人”プラス自分で言うのもなんですが、ドリーム?“夢”があったので、みんな流されて付いて来ているんじゃないかという気がしております。利休もそうだったと思いますが。

●浜野:いや、利休も始めた時には確信なんか無かったんですよね、アバンギャルドですよね、それが今は伝統だって言ってる訳だから。300年後に明和電機がどうなっているか分からないですよね。
原さんはパリコレのずっと継続的な招待者で、日本のファッションの論点みたいなものをリードされてきたんですが、流行と世紀、「100年ルール」っていう佐藤さんのルールから、ファッションの中核にある方なんで、すごく思いとかお考えがあると思うので、ちょっと取りまとめてお話いただけますでしょうか。

●原:取りまとめることはできないけど、とりあえず「100年ルール」、100年着られる洋服は私はない、というかファッションとしては。私の中でファッションというと着物も洋服も含みます。ただ、今考えられている、いわゆる流行としての洋服っていうのはただ着て破けないとか着られるということであったら、100年着られるものもあるだろうけれども、本当に現代っぽいとか、その時代を感じさせる格好での洋服、その時代時代に即してその時一番かっこいいって見られるものという考え方で言うなら、そんなことできっこないって、私の場合、今、言い切ってしまいます。今回このテーマをいただいた時に一番思ったのは、「100年着られる着物」はあるっていうのが、一番はっきり言える私の中のルールだったので、着物を着てこようと思って浜野先生に「お着物お召しになりますか」と伺ったら「僕、多分着ない」とかおっしゃったんで、私やめたんですね・・・裏切られた〜、私は一応黒に白の小紋にちょっと派手だけど、赤いボタンの帯をして、とちゃんと考えていたんですけど。それは100年は経っていないけれども、かなりお年を召した母の友人から送られた着物、帯も“蘇”とかで、そのへん着物というのは一つのテキスタイルというか、生地自体は色々変わりますけれど形は一つですよね。
今、着られている形っていうのは、江戸時代の武家のおかみさんの着方ではありますけれど、若い人から年取った人までがみんな同じものを着る、だから洋服とは反対に赤いものは若いときに着ないとおかしいとか。私が言いたかったのは、洋服の場合には例えば「赤は還暦の色」とかされますけど、赤い着物を60、70で着ると普通の方はやっぱり肌とか雰囲気で絶対似合わなくなる、それで年取った方なんかは赤い着物は若いときに着なさいよ、みたいな言い方なさる。それは着物の中でのある年代とか素材のルールはあるけれども、形は一緒であるが為に、ずっと着ることができる。それが一番着物の利点というか、あとお母様の着物を仕立て直したりしなくても着られる、だからそのいい物を日本は持っているんで、そのことをもっとみんなに知ってほしいなと思っています。

●浜野:皆川さんがおっしゃた、何百年と伝わるブランドは残るものと残らないものっていうのは原さんのお考えであれば、どこに差があるんですか。

●原:やっぱりそれは素材であり、作りの確かさ、だからエルメスのいわゆるケリーバッグですとか、ああいったものは100年使える。それはでもやっぱり、カバンは人間の体に、直接身に付けるものではないから、完成度の高いバランスでできて良い素材で仕立ててあればできるけれども、洋服というのはやっぱり人間の身体に沿わせてシルエットを作ったりするという部分で、だからルイ・ヴィトンとかエルメスとかみんな、カバンやさんが今、洋服を作って流行で次々と変わるものを作り出していますけれども、小物というかカバンを売り続けるための、洋服は広告塔の意味を持っているところがあると思います。
ただシャネルだけは、やっぱりシャネルという人は19世紀の末に生まれて1972年位に亡くなっているんですけれども、「私はモードではなく、スタイルを作る」と言って、シャネルスーツというものを作った。それはカーディガンジャケットまたはテーラード襟で、そういった形で一つのスタイルにしてしまった為に、それを今のデザイナーのカール・ラガーフェルドという人がもっとスカートを短くしたり、ジャケットのアームホールが細かったり、今の時代に合わせて変えてはいるけれども、シャネルスタイルになっている為に、古くならないで残っているところはあると思います。だからその辺は皆川さんには酷いかもしれないけど、さっきのテキスタイルを見せていただいて、あれは着物にしても可愛い。または帯とか、それこそ着物で今、「絣」っていうのは手織りの為に高くて買えないものになってしまっているけど、ああいう仕方で、もうちょっと違う「絣」が出来てきて、きっとそれはデザイナーの方は着物の形ではなく洋服でもっと実現されたいと思っているんだろうな、と思います。

●皆川:先ほどのは全部、着物にもしてみたんです。そしてやはり着物になるなぁと。着物で着ていただく方もいて、それは日本で、自分がデザインしているところで「着物の世界からの柄のストーリー性」みたいなことが、自分の中にさっきの“遺伝子”ではないですけれども、あるんじゃないかなぁと思います。

●土佐:先ほど、「モードとスタイル」の話が出たんですけども、良いものが残っていくと言う話しでいけば、良質なものをみんなが使ってそれを大切にしていけばいい、という話になっていきますよね。でも、そういうことに世の中がならずものすごく新しいスタイルがファッションには出てきて、消費していって、で、人間の中にそういう“モード”をチェンジし続ける欲望みたいなのがもしあったら、それは変わらないなと思っていて、ずっとファッションを見てこられた原さんから見て、その辺はどういう風にお考えになるのかお聞きしたいんですけど。

●原:年取ると変わります。もうくたびれる、っていうか、ずっと若いうちは新しいものを買う喜び、それは男の方も含めて新しい洋服を着る時嬉しいですよね、それはすごく大切なことだと思うけど、ずっとやってくると、やっぱり今は出来るだけ少ない数で、いかに快適に、多かったらそれをしまったり管理するだけでも大変な訳だし、だからココ・シャネルっていう人がリッツホテルで70か80いくつで亡くなった時に最後に持っていたのがシャネルスーツ2枚だったっていうんですけど。彼女はちょっと向かいにあるカンボン通りのお店へ5分も歩かないで行けて、それがやっぱり私もある意味理想で。ただある時期まではやっぱり新しいものを着て、どんどん取り入れて自分のスタイルを探す為に、少しはお金と時間と頭を使わないと。その人がはっきり見えるような形で、っていうのが私の考えですけど。

●浜野:そろそろ終りに近づいたんで、最初から皆さんにお願いして、答えてくださいねと言ったのは、佐藤さんの命令に戻ってきますが、表現者として原さんは美しく着ることの見本をずっと我々に提供してくださったんですが「表現者として自分を律するルールといったものは何なのか」。実は僕の表現というのは、僕の2人の子供に対してだけなんですね。「子供に伝えたいこと」だけをやる。僕は本を何冊か書いていますけど、読者って僕の子供2人だけなんですね。買っていただいている人には申し訳ないんですけど。常に「子供に読ませたいこと」とか「子供に見せたいこと」しかやらないことにした、それが僕のルールですね。そういったことを、もう少し長く言ってください。
では土佐さんから。自分の表現のルール。

●土佐:まず「人がやっていることをやらない」ということですね。僕は実は喧嘩が弱いんですね。誰もやってないところへところへと逃げて行くことによって、オリジナリティを確立するってところはありますね。重要かなと思います。
あとアバンギャルドに共通するんですが、「新しい発見をしたい」。発明でもいいんですけど。それを見つけたい、っていうのが一番中心にあって、それがもし言葉でできたら、それは最高なんですね。形に落としていくことが体質的に好きなので、出たものが形になって残っていって、それがずっと残るのが一番見たい、というか求めたいことです。

●浜野:ありがとうございました。では皆川さん、よろしく。

●皆川:ファッションをやっていて、一番自分がデザインするときに大事にしたいことは「カンに頼る」ということで、“やまカン”って言うよりは、僕が今まで経験したことから想像して判断するということです。“カン”に頼ってデザインしていく、自分がこれだろうって思うことをやる為には、自分の“カン”を研ぎ澄ますことしかないかなと思っています。
正月、今年どんな風に思っていこうかなといった時に「矛盾に満たされたいな」とまた一つ思ったんですけど。1つのものが相反する2つのものを持っていて、そのどちらにも答えがないところに、最後自分が「ポイントを自分の“カン”に頼って見つけていく」ということはデザインでずっと続けていきたいな、というところですね。
ファッションって、情報から生まれる錯覚があって、でも情報が答えを持っているって言うよりは、自分が日々過ごしていることの中から、色んな情報を目にして、それを自分の中で混ぜて混ぜて、または自分が今見ているものだけじゃない昔の知らない世界からも混ぜて、そして最後自分がものを作るっていうこと。それは理由も見当たらない位の気持ちで出てくるものを大事にしていきたいなということがあります。ですから「矛盾に満たされ、カンに頼る」っていうのが今年の自分のテーマっていうか、しばらく考えていきたいことです。

●浜野:どうもありがとう。最後に原さん。

●原:私の仕事は洋服を使ってファッションページを作る、その時に使うのは常に新しい服なんですけど、その新しい服をいかに新しく見せないか、それからアヴァンギャルドな服をそう見えないように、それが常にいつも目標で、いかに新しいものアヴァンギャルドなものを使っても、普通に見えるかっていうことで、それにはやっぱり「引き算」。割と何でも「引き算」を考えてスタイルにする。よく“オバさんぽい”と言われる最大の理由はやっぱり色んなものを付けてしまうことが多いと思うんで、そういう意味でも「引き算」、着るときに。ただ今日のお題については私の中ではいっぱいあって、「引き算」にはなっていないかもしれません。

●浜野:どうもありがとうございました。佐藤さんの命令に答えられたかどうか、叱られる可能性はありますが、これだけの方なんで、どうも90分じゃ足りなかったですね。

(敬称略 文責eAT事務局)


浜野保樹氏

皆川 明氏

明和電機・土佐氏

原 由美子氏

 

 

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