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セミナーC
「ルール」

深澤直人/プロダクトデザイナー
     
Naoto Fukasawa Design代表
佐藤 卓/グラフィックデザイナー
     株式会社佐藤卓デザイン事務所 代表取締役

TOPeAT`06SeminarASeminarBSeminarC06ゲスト一覧

■SeminarA

セミナー会場風景
●佐藤:佐藤卓と申します。今、プロダクトデザイン、今はプロダクトデザイン以外の仕事もされていますけれども、本当にこれは持ち上げるわけでもなく世界で一番仕事をされていて、イタリアのミラノサローネというところで、一年に一回デザインの大きな街を挙げてのイベントと言いますか、がありますけれども、それで昨年も深沢さんは一番多く確か新しい仕事を紹介していたはずです。今日はちょっと深くえぐりたいと、私はどちらかというとえぐる役割になりますから、今日は。深澤さんに色んな画像を今日は持ってきてもらっていて、もちろんテーマは「ルール」なんですけど、深澤さんの色々な仕事の中で一体どんな「ルール」があるのかということをですね、話の中で皆さんが見つけてもらうようなことにもなると思うんですね。それでは画像を。それでは一言。

●深澤:いきなり画像?ドレスコードは?

●佐藤:あ、ドレスコードね!モノトーン+一色っていう。

●深澤:一応・・・

●佐藤:+一色はどこ?

●深澤:財布(赤)が付いているんですよ

●佐藤:あれが+一色。隠したところにね、一色をね

●深澤:考えてきたんだよ、モノトーン+一色って、卓さんが言ったから考えたよ、色をいつも着ないなぁと思って。ああ財布でと。ちゃんとくっつけて

●佐藤:嬉しい嬉しい、見えないところに一色を隠すところが深澤さんってことでしょうか

●深澤:佐藤卓の気持ちに合わせた

●佐藤:ありがとうございます。それではですね、「ルール」の話をしましょうか。一応、今日会場に来られていて、「二人が一体誰なんだ」てもちろん思われている方、いらっしゃると思うんですよね。もちろんデザインに比較的詳しい方詳しくない方、今日いると思うんでナビゲートする僕がどういう人間か、簡単にちょっと自己紹介をしてから、深澤さんの方に振っていこうと思います。
これはいくつか、自分が携わったデザインを並べてみたものですね。ウィスキーとかチューインガムとか、ゼナとかおいしい牛乳とかありますけど、ちょうど真ん中の段の右側2つ、“±0”っていう、これは深澤さんのお手伝いを僕がしている、深澤さんのプロダクトを。加湿器なんかね、いろんなところで目にしますけど、一緒にやったものですね。今日一番最後に、ちょっとお話をすることになります、一番右下、右下に建物のイラストレーションがありますけど、これは来年の春に、六本木の防衛庁跡地に今建設中で、来年の春にオープンするんですけども、「21_21DESIGN SIGHT」ていう分かりやすく言うと、デザインギャラリーっていうと分かりやすいかもしれませんけれど、デザインサイトっていう施設ができてですね、この施設のプランニングをしています。それを三宅一生さんを中心に深澤直人さんと私とでプランニングをしながら、建築は今、安藤忠雄さんがやっているんですけども、それは最後に紹介してそこで色んなことが多分起きると思うんですけど、一応こういうマスプロダクトのデザインとかグラフィックとか致している人間でございます。ということで自己紹介でございます。

●深澤:ちょっとピントが甘い

●佐藤:甘いんですけどね、デザインもちょっと甘い・・・写した人が気を遣って

●深澤:おいしい牛乳とかやってましたよね

●佐藤:あ、おいしい牛乳

●深澤:今、わざと言ったんですけどね

●佐藤:こういう人なんですよ

●深澤:佐藤さんも、とても良いデザイナーなので、尊敬しています。

●佐藤:こういうことをね。今日は「ルール」ということでね、深澤さんはいっぱい仕事をしているので、具体的なデザインの話もしてもらうんですけど、「ルール」っていうテーマを投げかけたんですけどね、そしたら準備をしてきてくれているものがあるということで、ちょっとしばらくその

●深澤:「ルール」っていうテーマが今日あったんで、どんな話しましょうかって話は実はさっき決めたんですけど、5,6年前にデザインのルールに関係するかどうか、そういう話をした時に作った資料があって、それをそのまま持ってきたんですけど、ちょっと古いんですけど、映してみますね。最初に面白い言葉がありまして。小津安二郎という人が言ったらしいんですね。直接聞いたわけではないんですけど、とても感動して『なんでもないことは流行に従い、重大なことは道徳に従い、芸術のことは自分に従う』という風に言ってるんですよね。これは凄いなと思いまして、それだと解釈が難しいんで、これを現代風に戻してみると『なんでもかんでも流行に従い、重大なことも個性に従い、芸術のことは外人に従う』

●佐藤:外人に従う?

●深澤:っていう風に、自分で治したんだ。これが今だから。流行って言う解釈もできますしね、この中で一番重要だったのは、道徳に従うというようなことが出てくるんですけど、これが今日のお話の「ルール」っていうのにちょっと近いなと思いますけどね。
流行と道徳と芸術の位置関係が意外と曖昧ですね。これはみんな模索している、はっきりとした答えはないんですけど。結構そこらへんていうのが明解に分かれているんではないかな、と小津安二郎先生の言葉から感じ取れます。深いですね。流行とデザインというのは関係性が強いと思うんですけど、流行を創りだすには、その後の現象なんて誰も責任を負えなくて流行るものは流行るし、流行らないものは流行らないということで、先に創りだすのは無理だと僕は思っているんですけどね。
ちょっと面白いのはですね、これは昔ボルボという車に乗っていたんですけど、それがすごくいいな、と思ったのは後ろのテイルランプのところが上のほうに付いていたんですよね、それがやっと1994年くらいに出たんですけど、とても良い車で気に入って買ったらですね、その後似た車が沢山出たんですね、こうやって。全部同じだった。これは何故こういう現象が起きるかということを考えたときに、さっきの「ルール」ってことがあったんですけど、『流行といえば流行に取る、社会現象としてはもちろんそれもあると。それともまた冷静に考えて、パクッているのかな』と。これはそれぞれ言い訳というか、言うことはできるんですけどね。答えはないんですけど、こういうことがあると。
『機能は流行であるのか』という疑問もありますね。これは工業製品の中でよく使われている防水の、水周りのところに、スイッチにゴミとか水が入らないようにというメンプレーンスイッチというのがあるんですけど、見ていると面白くて、炊飯器とかジャーポットと同じデザインがトイレのコントローラーに使われていますね。同じ水だから、というものなんで、なかなか面白いことだなと思って、これも実際「ルール」なのか、節操がないのかと。
『道徳とはモノが人の心理に逆らわないことです』僕らはやっぱりモノを創っているんで、人の心理に逆らった時に道徳違反だと言われても仕方ないでしょう。もしかしてそれは、逆に言うと反逆だというのを承知の上でやらなかればいけない、と。
もう一つ面白い事例があるんです。これはもっとシリアスなものですね。駅に行くとまず左側を見るんですね。例えば今、御徒町にいると、御徒町にいて隣の上野に簡単に行きたい時はサインを見上げて「130円だ」と思いますね。“130円”って、まず脳に焼きつきます。次にチケット買おうとして券売機の所へ行くと、“130”って文字がないんですよね。必ず一回止まると。これは東京のもっとも一般的なインターラクション、一日何万人も使うという、結構引っ掛るところです。「ルールがおかしくなってる」と思うんだけど、言い訳は沢山あって、「神田とか御徒町とかその辺に書いてあるだろう」って言うんだけど、人間の心理って言うのは“130”を探しに行って“130”が無いと、非常に迷ってしまう現象があるという。これはすごく多量な人間が使うルールの間違いですね。硬いな。
『デザインはオフィスでやるもんじゃない、現場でやるものだ』昔、映画の時に出ていたキャッチを直したんです。何でこれが出てくるのか、よく分からない、面白いでしょ?何でこれが出てきたのか分からない。
『認知し行動するプロセスに無理がないこと』これがちょっと面白い現象でして、多分誰が考えたのか分からないんだけど、こういうマドラーを考えた発明者か思考家のおじさんかもしれないし、何かのブランドを持っている人かもしれないし、よく分からない。彼はきっと、コーヒーを飲んでいるときにいつもマドラーが鼻のところにくるから、それを留めておいたらいいと思ってクリップを決めたと。それを決めたんだけど、これが出た当時というのは、みんなその装置を知らないから、会議に夢中でコーヒーを出されるとマドラーが刺さっているだけだから、かき回そうとして机の上がコーヒーだらけにこぼれてしまうという現象が沢山起きたと。つまり、ある一つのことに対して、ちゃんと整っているんだけど、ある一つのことに対しては全くハズれているっていう部分がデザインの中ではよくルール違反になっているんだけど。
面白いのは彼らが依頼してくるデザインっていうのは「マドラーかっこよくしてくださいよ」と言ったら、デザイナーが「はい」と言って、こういう音符の形にしてしまう。これは完璧になりたっているんですよね、依頼をした人もそうだし、依頼された人もこういうデザインにしてあげればこういうもんだな、と思って完結している場合もあるんだけど、何かハズれているという状態。
それで結果的にイライラするのはユーザーで、最後にゴミとして捨てようとするときに、マドラーが外にはみ出るといいうようなことがあると。
『デザインモラルハザード(デザインの道徳的危機)・・・デザイナーとユーザーの場合』つまり何を言いたいかというと、モラルをどういう風に考えるかということで、デザインっていうのは結構道徳的な立場の中で仕事しているっていう風になかなか思われてなくて、非常に高揚さして盛り上げていくという感じがあるんだけれども、逆に言ったら、ある程度モラルを持っておかないといけない、みたいなところはあって、それが『Social Consciousness・・・社会意識』社会的な意識を持っていて、結局『モラルが無くなるとデザインの価値基準は無くなる』と思うんですね、僕も佐藤さんも基本的なそういうところの線を探しあってやっているということで仕事が成り立っているけど、そこが外れると、さっきのマドラーみたいなもんでデザインされているじゃないか、とか、さっきの券売機の隣に出てくる女の子の挨拶みたいに「あ、こういうものがデザインか」と思われているものが世の中には沢山あって、それをデザインと呼ぶのかというと、ちょっと違うというようなことですよね。で、もっと言うと『道徳も高まると芸術になる』という風に思いますけどね。
これはよく出す写真ですけど、盲人用の点字でタバコの火を消しているんですけど、とても悪い人で、これはルールからするとルール違反で、モラル違反ですよ。でも機能とすると、とても良いと。点字がタバコを消しやすいと。人間という心理を取ってしまうと、それなりに凄い機能があったりすると。これはちょっとややこしいけど、これはルール違反です。やっちゃいけないこと。

●佐藤:これ分かります?盲人の方のね、触ってブツブツがあるでしょ?点字がね、そこでタバコをグジュグジュって消している人がいるってことでしょ。

●深澤:要は暗黙のうちに人間の身体に沿っていくってデザインなんだけど、決められたルールっていうのがあって、その両方のせめぎ合いで、どっちかに偏ってものを見るとなかなか見えなくて、そこらへんにデザインのヒントっていうか、ルールとモラルとデザインの感覚的なこと、人間の身体に対するそういった感覚的なことが合致しているところにデザインが生まれているんだろうな、と思うんだけれど、多分「この人なんでこんな悪いことするの」と思ったら、多分これは何の価値も無い。これは面白いな、点字の凹凸というのはタバコをクシャクシャと消しやすいんだと思えば、それも一つのアイディアになると。というような、そこらへんを行ったり来たりしなきゃいけないところだなと思います。これは違反なんだけど。モラルでは悪いけど、みんな捨てると。非常に捨てやすいゴミ箱だから。

●佐藤:よくありますよね、自転車のかごの中にゴミが。このやろ〜って、乗る時に思いますけど。

●深澤:佐藤さんも捨てたことあるでしょう?これ昔やったプリンターなんだけど。プリンターがゴミを排出するってね。必ずいいものを見つける時っていうのは、2枚印刷しなければいけないから、1枚印刷すると次のを印刷して、それを比べてどっちが良かったか、って人間決めていくのね。1枚の最終的にいいプリントを出力するために、必ず1枚ボツにするっていう行為で、偉大なグラフィックデザイナーが出来上がっているの。そうするとプリンターの格好はどうでも良くて、ゴミ箱の方が重要だったりするっていう、ことなんです。そういう風になかなか社会は考えられてなくて。
人っていうのは事実ということに対して、そのまま事実があるということを美しいとは感じなくて、それを美しさでカモフラージュするってことがデザインの価値だ、と間違っている。人間っていうのはリアリティってことに物凄く価値があるから、そこにアート性やデザイン性っていうのは生まれてきやしないけれど、それをどうもカモフラージュするってところを、カバーしてしまう、何かによってカバーしてしまうということをデザインだと誤解していると。それはデザインの本質的ルールではない。デザインていうのはやっぱり、人間の本質的なところ、社会とか生態をそのまま見るってことに非常に見えないルールってものを持っているんじゃないかということはありますけど。

●佐藤:深澤さん、さっきのゴミ箱とかね、タバコの火消しの話とか日常の人が当たり前にやっていることとか、自然にやっていることの中からそういうところを見つけるじゃないですか、僕は初めて深澤さんのこういうものを見せてもらった時に、ハッと気づかされたところがあって、そういう気づいたのってどういうきっかけだったんですか。そのことが見えてきた時期。いつ頃。アメリカにいた時?

●深澤:そういうこと自体は多分昔から興味があったのかもしれないですね。
連鎖っていうか連想っていうかね、物事って連鎖していると思うでしょ?だから誰かが例えば電車の中で特別な、いつもと違うことをしているような人がいるとなると、遥かその車両の向こうにいるんだけど、こっち側を向いていても「あれ?何かおかしい」って、例えばその人の視線がちょっと違っただけでも、「おかしい」って人間て感じられるくらいのセンシティヴなものだと思うんだけど、そういう経験をこの会場にいる皆さんも感じていると思うんだけど、そういうことって、ある意味動物的に世界を秩序立っていて、秩序が破綻しているところが非常に目立つ。その目立っている部分が今みたいなところに露出しているってことをピックアップするのは面白いかなと。アートの一つの源泉だったりするんですけど。秩序だった見えない流れっていうものを僕らは掴んでないとデザインはできないと思うんだけど、それを見た上でそれに逆らうか、その通りにいくかは、あとはデザイナーの決定次第なんだけどね。子供の頃かな・・・いつ頃からそういう風に思ったか、ちょっと思い出せない。

●佐藤:子供のときにそんなことを。すごいよ、それは。

●深澤:天才だったからね。

●佐藤:子供のときからね、これは秩序からこれだけズレてるなんてね、見ている子供がいたら、嫌な子供だね。

●深澤:それは嫌な子だね。だいたいみんな、そういうことがあって、例えばコメディアンがネタを探すのも、そういうところからなんだよね。一応、みんながやっている時に特別なことをやったオバサンがいたから、そういうことがコメディーのネタになったりもする。

●佐藤:竹中直人がね、電車の中で今にも吐きそうな男のマネをすると、周りの人たちが離れていくっていうのを多摩美の学生の時にやってたって。マネをすると、みんなが退くんだって。そういうのをすごく楽しんでやってたって。確かにね、電車に乗ってて、秩序からちょっとズレた体験って誰でもしていると思って、電車の中ひとつ取ったって、山ほど色んな自然な秩序があるじゃないですか、例えばガラ〜ンと空いている電車に乗ってね、自分がどこかに腰掛けたとしますね。どこかの隅に、だいたい隅に腰掛ける人が多いと思うんですけど、もう一人乗ってきた時にこの辺までだったらいいけど、これ以上近いとこの空いている電車でちょっと嫌だな、って時ありますよね。ガラ〜ンとしているのに、隣に座るとか。それって何かがやっぱりズレているというか。

●深澤:結構身体自体はセンシティヴでね、例えば今の例でいうと、満員電車っていうのは体が触りあっているんだよね、でも触りあっていても問題にはならないんだよね。それがある線を越えた時に、問題になる。離れていてOKでくっ付いたらマズイってことではなくて。途中の線の力の入れ具合が変わった瞬間に「あれ?おかしいんじゃないか」と。この人は僕に気があるんじゃないかと。それは思わないけど。この親父は変なんじゃないかって思う瞬間があるのよ。その力の加減っていうのが、人間が感じ取る線だね。

●佐藤:それってスゴイ感覚ですよね。

●深澤:それって電車の動きの感性に任せている状態だと、それはモラルも何も全部合っていて、ピッタリ何の問題も無い。それが一瞬切り替わる線があるんだよ。そこだよね。

●佐藤:人の感覚って、この位に電車の中がギュウギュウ詰まっていると、この位の圧迫があっても自然だなって自然に感じるんですよね。

●深澤:そう。自然に感じる。だから、そこから力が変わった瞬間に「ちょっとおかしいんじゃないか」と。

●佐藤:右に傾いた時に、違う方向への力がグッと加わると、そこにちょっと違和感があるだろう。

●深澤:だから痴漢をする時は、感性に逆らっちゃいけないの。もうちょっと笑ってくれないと困る・・・

●佐藤:危険なこという人ですね、意外と。知らなかったな。

●深澤:ていう位センシティヴなもんだと人間は思うんですけど、それはどちらかというと、ルールっていうのは人間が決めたものじゃないですか、人間が決めたものっていうのは、もともと法とか言うんだけど、もともと人間の営みに逆らわないようにできているべきものである。それがルールは決めたのだけど、人間の自然の生業に対して破綻しているとルールは長続きしないだろう。
デザインていうのはまずそこにあるんだよね、その流れに対して逆らわないようにするっていうことをまずしていくっていうことは。

●佐藤:知っている。

●深澤:まず知らなきゃならない。知らないというのは悪いことではなくて、知らないということは人間の営みというかインタラクションが非常にスムーズに流れているということ。知らないで当然なんだよね。それを、あんまりみんなが意識しすぎたら逆にギクシャクする社会になるよ。僕らはそれを知っていなければいけない立場にある人間で、知った上で、じゃあどうするかということを比較をしていく。例えば何もない草原とか砂漠とか平原とかに一本の杭を建てる、という事によって、多分人間の動きが変わると思う。単純に考えればそういうことだけど、その複雑な要因って言うのが人間が生きていく上であって、その色んな要因が連鎖して、よく言うんだけど、「風が吹くと桶やが儲かる」ってそういうのあるじゃない?落語ネタと段々連鎖していくんだけど、連鎖していくということを追っかけなくても人間はその一番最初の「風が吹く」ということと「桶やが儲かる」っていうことを瞬時に感じ取れる、そうすればここがこうなるっていうことが分かるっていうのは、デザインとか僕らのような仕事をしている立場の人間の特技なんじゃないかと。それは一般的にはその流れが自然過ぎて、その一つ一つのエレメントをピックアップできないっていうことは当然なんだけどね。決して、未来が読めるとかマジシャンだとか、能力が別の人よりあるとかいう意味とは違って、冷静に考えていくと社会は秩序だって動いている、と。それが破綻したところを儲けていく、と。僕らはその
破綻を見ていて、破綻をあまり気づかれないように修正していくみたいな仕事をしてんじゃないかという風な。

●佐藤:例えば僕、別のお笑いとか言ってもね、中島信也さんてこの業界で笑いをとる名人だ、とか。

●深澤:そうらしいですね。

●佐藤:すごいんですよ。最初の一声で掴みはオッケーですから。笑いをとるっていうのも、ある意味では繋がる部分というか、ある一線を分かっていてそこを知っているから、どれだけズラすと今笑いがとれるか、っていうのは瞬時に分かるっていうことですよね。

●深澤:簡便に、コンテンツではないと思うんですよ。コンテンツは後からついてくるもので、タイミングだと思う。その時に言わないと、いくら同じコンテンツで同じ笑わせようとした内容であっても、多分ズレると思う。下手なコメディアンっていうのが、笑いがなくて見ている方がすごく緊張してしまうのは、タイミングをズラして合わせられないから、だと思う。だから、とてもデザインとか芸術と寸分違わないものだと思いますけど。

●佐藤:何かこう、例えば過激に見えるものをこう送り出している人っていうのも、それをこう送り出し続けられる人っていうのは、それを分かっている人じゃないと送り出し続けられないと思うんですね。たまたま過激なものを作れても過激じゃなくなってしまう場合がある。すごく過激なものを例えば送り続けることができている人は、一見ものすごくアバンギャルドだって、常にね、壊しているように思われても、やっぱりそれを知っているから、ずっとそれがキープできるっていうの、ありますよね。

●深澤:それが多分その、暗黙のモラルみたいなものを、ちゃんと分かっていて仕事しているということじゃないかなと思う。単なるアバンギャルドなんてことはないよね。過激であるということ自体が非常にコントローラブルであるという背景がある。スキーみたいなもんだよね。全然スキーしたことが無い人がね、谷に向かって滑ればドンドン滑れる訳だから。その人はスキーができる人とは言わないよね。制御できるっていうことで、上達していると言えるんだよね。つまり制御できるっていうことは、速く滑れるとイコールなんだけど。でもその片一方を取って、ただ速く滑れるって人は世の中に沢山いる訳だよ。それは落ちていくっていうことなんだよ。制御できるってことにおいて、過激をやるか、普通をやるか、何をするか、っていうことは決定付けられている訳で、創る人の意思ではなくてというか、その状況においてなされていく必然みたいなのが沢山あってさ。それを見つけ出すっていう仕事だと思うけど。

●佐藤:深澤さん、具体的な仕事に入っていっていいですか?

●深澤:携帯電話ですか?

●佐藤:携帯行きましょうよ!INFOBAR! INFOBAR行きましょうよ。

●深澤:ちょっとやりにくいなINFOBAR。

●佐藤:INFOBARここでやってもらわないとね。携帯電話の世界にデザインっていう概念を持ち込んだ。聞いてるんですか?この間ね、新しいのを発表したんですよ。ご存知ですか?

●深澤:知ってるに決まってるじゃん。

●佐藤:知ってるに決まってる・・・もうすぐ・・・これは後で見せてもらいますからね。新しいのいくんですね。(neonの画面)

●深澤:これ、結構綺麗でしょ?何も無いというのを本当にやりたかったということがありますけど。『できるだけ単純に』『シンプルだけどやさしい形』画像もこう、何もないんですけど。やさしいっていうのは、あんまり好きじゃないな。でも言わなければいけない場合もある。mizuiroって名前にして、shiroって名前にしてkuroと。ウェブサイトは別のデザイナーの方にお願いしています。全然打ち合わせしてないのに、本当に良くできている。

●佐藤:知り合い?

●深澤:知ってるんだけど、会ったことない。画像は全然変わってなくて、四角い箱を写しているだけ、背景を変えているだけなんで。これが裏側で。縦に撮って。『積み木のような』

●佐藤:前にこんなに大勢の人がいるのに。独り言を聞いてもらうっていいかもね。ボソボソボソボソなんか・・・。

●深澤:『片手で開けるための隙間』片手で開けるって重要なんだよね。この隙間が必要なんだよね、サンドイッチみたいな。

●佐藤:これだとクッキーのようにもちょっと

●深澤:『フラットなキー』ここがキーボード出したところなんですよ。フラットなキーなんですけど、触ると隣のキーとの境目が分かるという。

●佐藤:え?ふにゃふにゃ?

●深澤:つまり、こういうスポンジみたいなものに、キーをのせるじゃないですか、そうすると押すとそこだけが凹むから、隣との間が曲がるでしょ?そのコンマゼロ何ミリを親指とかが認知して、隣の境目が分かるの。

●佐藤:これは触らないと分からないですね。

●深澤:『LEDインターフェイス・・・何もないところに文字が浮かび上がる』表示がでるようになっています。

●佐藤:左側は何?

●深澤:左側は何か分からない。142種類の画像が出るのね、計算で言うと。でも機能的なものもあって、色んなこう、neonっていう商品だからさ、このように色々と。基本的にはファンクションがありながら、アニメーションが出たり。時計としても使えたりする。スピーカーは僕がやったんじゃないですけど、スピーカーもすごくいいですよ。待ち受け画面も色々あるんですよ。
この画像が撮りたかったんですよ。格子のあるね。これが僕らが見ている都市の風景。聞いてる?中のイラストもね、飛行機に乗ると非常用の下敷きみたいなのあるじゃない?ライフジャケット着てさ、こうやって降りてくださいってあそこのイラストから取ってきたんだよ、これ。結構可愛い絵でしょ?『ミュージックプレーヤーとしても使える』と。どうだ?

●佐藤:さすが。さすがですね。プロダクトのど真ん中を行かれている人ですからね。INFOBARの時は、あれで衝撃を受けた人はすごく多かったと思うし、あれを使っていた、もしくは使っている人もすごく多いと思うんだけどね。あれまでは携帯電話って、ほとんどの人が「何でこういうものなの?こういうデザインなの?」って思っていたじゃないですか。あれの依頼を受けて提案をした時に、すぐ受け入れてくれたんですか?そもそもプロジェクトが先にあったんですか?あれは。あの方ですよね、auの。

●深澤:そうですよ。プロジェクトは最初に何でも好きな案でやってくれと言われてあったんですよ。意外とみんな同じ方に向いていたと思うよ。みんな何も疑っていなかったと思うよ。質問すればみんな携帯はある一定の方向に流れるんじゃないかっていう風に言ったと思うんだけど、僕は本当にそういう風にはなかなか思えなかったというか、矛盾した心理っていうのがあって、そういう時に、それだけじゃやっぱり決まらないでしょう、みたいなところがあって、INFOBARっていうのを出したんだけど。それは矛盾した中のもう一つの自分の素直な見方みたいなところに対してヒットしたみたいなところだと思うんですけど。
例えば、これがINFOBARの最初に提案したものです。現場は度肝を抜かれるっていうか、普通デザイナーっていうのは、プレゼンお願いしますって言ったらスケッチとかを綺麗に描いて「こういうのをやっていきたいんですけどどうですか」とか言うんだけど、そうじゃなくて、いきなりこれを見せた。これは別にバータイプをやりたいとか二つ折りがどうとかっていうことを超えていて、こういう魅力的なものをやりたいよね、っていう話をしたのを覚えていますね。その魅力も、これ程魅力的なものより落ちないようにやらなきゃいけない、ということを自分にタガをはめたっていうか。で、相手にもタガをはめたっていうか。だってLEGOを積み上げて、子供が携帯電話だって言うみたいな可愛らしさみたいなものが必要で、そういうところからいこうかってことで。自分にもそういう命令を与えたっていうか。

●佐藤:それで結構先の方へ杭を打ち込むみたいな感じじゃないですか。いわゆる、さっきも建築家の安藤さんの話をしていたじゃないですか、手の届かないところへ思いっきり杭をガツッと打って、今これをやるべきでしょう、と。それを共有した上で、そこに向かっていくというか。それってでも、一つの「ルール」をつくるということですよね?

●深澤:「ルール」というか「道筋」というか「ゴール」をつくるというか。その時はちょうど、この“au by KDDI”っていうロゴも決まっていて、それがこう、色もオレンジ色で良かったから、こういうパッケージもやろうみたいな。だからモノができる前にパッケージがあったっていうような。そうするとバータイプだっていうのを論ぜずに、チョコバーみたいなものっていうことで、もうお互いの共有のものなのか、楽しい「ゴール」みたいなものが見え始めたら、それができてしまえば、それから違う外れるものが出てきた場合には全部排除されていく訳であって、非常にやりやすくなったと。その「指標」を見せずに、どんなデザインでいきましょうかっていう風に言って、スケッチを何百枚も描いて見せるようなことをしていても、何も決められないって状態だよ。お互い何つくりましょうか、ってとこからになっちゃうよ。

●佐藤:山登りと一緒ですかね。登れるところまで登ろうだったら頂上まで行けない。エベレストでも、頂上まで登ろう、ってことを決めるから。

●深澤:そうそう。「“指標”をはっきりと見せる」っていうのが僕の仕事だね。でも、途中でブレてしまう程の難関にあたる時が、やっぱりあるんですよ。そういう時に迷いが生じるじゃないですか。でも見せちゃいけないですよね、相手に。迷ってない様に押していって「いくしかないでしょうね」っていう感じでやるっていうのは、本当に何回もありますよ。そういうことのブレを自分の中で迷いにしたら、みんなオタオタになるからね。

●佐藤:どっちに行っていいかね。

●深澤:分からなくなっちゃうよ。

●佐藤:確かにそうですよね。

●深澤:結構本当にデリケートなところ、さっき打ちたてた「指標」に対してはデリケートな程コントロールしていかないと。そういうのを「コンセプト」って言うんだと思うけど。

●佐藤:こういうマスプロダクトなんかの場合はすごく多くの人達が関わりますよね。販売の現場の人もいれば、エンジニアの人もいれば。自分達の事務所の中で成り立つものだったら、できちゃうものだったらいいけども、物凄く多くの人たちが一緒に動かしていかなければならないから。さっき、羊飼いの犬みたいなもんだって言ってましたね。羊がワァ〜ッと離れていこうとするところを、犬がまとめるっていう、そういうようなことなんですか?

●深澤:そうですね。それに対して逆らわないように、全体を統率しているってことに対しては別にそれを何か“命令形”でやる訳ではなくて、“号令”にのっかっていく、ということでしょうね。「ルール」を作っていくってこともあるね。

●佐藤:深澤さんの新しく出た本のキーワードについて、これも後で時間があったら話したいんだけど。“デザインの輪郭”っていう本を去年出されたんですね、これを僕も読んで感銘を受けているんですけど。「デザインは一案しか出さない」って、それは、まさにそういうことですかね。

●深澤:まぁそうですね。

●佐藤:一案提案して

●深澤:極論をするとそうですね。

●佐藤:二案を出すことってあるんですか?正直。

●深澤:二案はあるけど、三案はないかもしれない。それはだけど、卓さんも同じでしょ。あんまり出さない?
(佐藤:沢山出すことありますよ。あのね、「何故ダメか」を見ていただく場合があるんですよ。もちろん、色んなやり方があって、この人には一案出せば大丈夫だな、って思えば。そう思える人には一案なんですけど。これは多く出して、ダメってことを確認してもらわないとな、って思うと、無いだろうな、って思うものを山と作りますよ。それも全部「ダメだ」ってプレゼンはしないんですよ。全部これは「成り立ちます、成り立ちます」って出す。成り立たないものを出すっていうのは、とても失礼なことだから。

●深澤:それは一案出すってことだね。

●佐藤:そうそうそう。だけど何故それが「今良くないのか」っていうのを説明するためのもの。

●深澤:僕は若い頃はね、クライアントが契約で「三案出してください」と言っていた時に、それに合わせようとして出して、自分は2つ気に入っていて、1つはしょうがないか、とやったところが、あたった場合が何回かあるよね。

●佐藤:あたった?

●深澤:つまり、それを決められてしまったってこと。そういうことが何度もあったので、二度と止めようと思ったことがありますね。そういう失敗をしちゃいけないと。後でどうしようもないことになるね。自分の気持ちも入ってないし、もうグジャグジャになりますね。
大変なことがありましたよ。経験としてはね。そんないつもスカスカと決まっていく訳でもないし。でも依頼する気持ちからするとね、沢山みたいなぁって思うんじゃないかな。ここが難しいところでね、自分だって一着しか洋服がない洋服屋なら行きたくないよね。それなりに揃っててほしいな、って思うけどさ。お客さん一着しかないんですよ、と言われると、勘弁してくださいよ、って言っちゃうもんね。

●佐藤:本に書いてあったけどさ、一つの味のラーメンしか置いてない店に行列ができる・・・

●深澤:蝋細工の色んなラーメンが並べてあるラーメン屋ってつまんないもんね。それは行きたくないね。

●佐藤:そうですね〜カレーなんか置いてあったりして。そういうもんを食べたい時もあるんだけどね。そばやのカレーも良かったりするよね。

●深澤:そこんところはケースバイケースではっきり決められないんだけど。ただ、よく言うのはね、ラーメン屋はこれうまいっすよ、って感じで一個しか作ってないと思うんだよね。それをみんな、行列までして食べると。だからそれは“合意されている”と思うんだよね、その食わせる方の自信に対してね。でもデザインっていうのはまだまだね、出す方が自信ないからっていうのが沢山あってね、分かんないけど出さなきゃと、思うことで世の中に並んでいるものって沢山あるんだけど。その時に一般の人が、どう受け取っているかって言うと、もし自分がユーザーとかいう点を抜いてね、じゃなくて、この作家なりこの製品っていうのは、自信を持って本当に勧めているのかな、っていう疑いで色々な世の中のものを見てみると、結構分かるよね。これは自信ないな、って。そういう風に見ていた時に、何か分からないものを創っているというところは、非常に明確に入れていく。

●佐藤:それはでも、本当に一般の人っていうと変だけど、我々だって別に普段歩いている時は、ただのオジサンだったりする訳だから、人って分かりますよね、自信があるのかないのか。何か受け取っている気がしますよね。

●深澤:「自信」っていう言い方が、一つの言葉だけ取ると、なんか嫌な言葉に聞こえてしまうかもしれないけど、やっぱりそこは、「責任」というようなもうちょっと硬い言葉にすれば、そこで「ちゃんとデザインしました」って言えないと、なかなかそれは恥ずかしいことでね。それが生活で直接使われる訳だから、やはりとんでもないことになってしまうよね。

●佐藤:何故このデザインなんですか、何故この形なんですか、って言った時にね、明確に答えがあるものっていうのは、伝わっているような気がするんですよね。

●深澤:もう既にね。

●佐藤:既に。それがやっぱり、答えられないものっていうのは、聞く前からなんかやっぱり伝わってしまっているという。そういうのって人って受け取っているような気がするの。

●深澤:気が通ってるっていうかね。そうでないものはやっぱり、つまらないからね。

●佐藤:深澤さんはベーシックにこう生活を支える、世の中には色んなものがあるけどね、言ってみれば花火も綺麗で、そういう意識にいたらない何でもない日常のいわゆる意識しないものもデザインとしてある訳だけど、どっちかっていうと後者の方に携わることがね、すごく多いんじゃないですか。

●深澤:そうだね、だからデザイナーを目指すときに、自分達の生活感にないようなね、特別なものをつくってくれる人種じゃないかって思われがちだし、僕らはやっぱりそういう風な目で見られますよね。それをもやっぱり、前に佐藤可士和さんと対談をしたことがあって、彼なんかかなりイッチャッテル部分をやってるなと思うんだけど、それを非常にコントロールしてるっていう実はクールな面があってね、そこらへんのコントロールをはずさないから、結構ダイナミックなものができるみたいな話をしたことがあるんだよね。つまり“線”っていうのは必ずしも“シンプルな線”であるとか、“過激な線”であるとか、“変な線”であるとかっていうことの“線”の質を決めることではなくて、“位置”を決めるものだよね。“位置”がどこにあるかってことを、見出すってことの重要性がむしろ見る目であってさ。ちょっと間違えちゃうとさ、深澤さんは常にシンプルが好きで色は白しか好きじゃないみたいなことを言ってるけどさ、とんでもないことだよ。

●佐藤:そうなんだよね。これだけデザインデザインって言われていても、例えばメディアなんかも相当いい加減に情報を流しますよね。困っていることが結構あるんじゃないかと思うんだけど。

●深澤:佐藤さんも困ってるでしょ。

●佐藤:困ることはある。でね、深澤さんが出したね、デザインの輪郭って本の中にね、なかなかね、当たり前のことなんだけど、ハッと思わせるような言葉がいっぱいあるんですけどね、読まれている方もいるかもしれないから、今日は直接、本人がいるんで。「考えない」っていうこと、よく言いますよね。これ間違えちゃうと、なんだ、何にも考えなくていいんだ〜と思うじゃないですか。じゃ、どうすりゃいいんだ、って思うじゃないですか、「考えない」っていうことはどういうことか。

●深澤:「考えない」ってことはもっとも、デザイナーが考えないってことではなくて、デザイナーはむっちゃくちゃ考えなければいけないと。人間は考えないで行動していく動物だよ、と。だから、その時はさっきも言ったようにもっともナチュラルな自然な営みの関係をもって動いていると。さっき言ったように考えないから電車の中で問題にならないと。考えて自分が自分の考えのもとに動いたから違和感が生まれる訳よ。つまりナチュラルになるっていうことに徹するっていうことは、考えてない状態において発生していると。だからそのナチュラルの中に考えないでいいようなものをはめ込まなければいけない仕事を僕はしている訳だから、そこにやっぱり、よく考えなきゃいけない。
よく考えて、考えない時に人間はどういう風に動いているかっていうことを、考えなきゃいけない。

●佐藤:そうだよね、考えない時にどうしているかを考えなきゃいけない。じゃその「考えない」ってことはそういう意味が含まれるってことね。

●深澤:その人はそんな考えずにしているにも関わらず、質問したりすると「貴方はこういう時どうですか」と言ったら「私はこうです」とか言うんだよ。それがやってることと裏側だったりするんだよ、全然違う答えだったり。

●佐藤:結構デザイナーって忘れがちですよね。机でデザインするときなんかに、考えないっていうところに至れなくて、考えちゃうじゃないですか。だから、本質がどうしても見えてこないってことがあったりしますよね。

●深澤:そうそう。だから観察すればいいのか、っていうんだけど、そんなにデザインのタマがそこら辺に落っこちているわけじゃないと思うんだよね。それは難しいんだけど、まずは自分だったらどうするっていう、相田みつお、みたいな。

●佐藤:byね。

●深澤:この前警察の標語でそういうのがあって、結構感動したんですよ。「相田みつお まず貴方ならどうする」ってね、書いてあって。「みつお」って書いてあるんだけど。それを見て「お〜〜〜っ」って。相田みつおに感動してちゃいけないんだけどね。

●佐藤:「まず貴方ならどうする」

●深澤:相田みつおに感動してちゃいけないんだけどね。いけないんだけど、それを超えて感動して、ああ、さすが。そこなんだよ。デザイナーが一番やりがちなのは「僕じゃなくて、人はどう思うかを考えている」っていう風に言うわけ。それは間違いなの。合っているようだけど、ちょっとハズれている。まず自分だったらどうか、っていうことの時の自分が全ての人間と同じ自分であるということのもとに、自分を考えるということをおいて「僕は嫌いだけど、こういうの好きな人も沢山いるかもしれない」みたいな、“人を考える”っていう立場で考える時に、とんでもないことになる。

●佐藤:自分も人である、と。

●深澤:そういうこと。

●佐藤:“人に戻る”っていうか、変な話なんだけど、“普段のただの人”を意識できるかどうか。そういうことですよね。

●深澤:そうです。

●佐藤:それが結構、何と言ったらいいかな。スタート時点からそうではないじゃないですか。例えば、教育の面とかね、色んな意味で。なかなか、そこに返るっていうのは本当に、色々なことを考え直さなきゃいけないっていうか、無になるってことはできないと思うんだけど。

●深澤:その関係を最も映しているのが“対話”なんだよね。“会話”っていうのは、その人のナチュラルなものと違うんだよ。その人と同意しようっていう時には“対話”でしようとしたら絶対ズレはある。だから「おかしいじゃない。貴方はそんな人じゃないよ。」って僕が言うようなことがあるとするんだけど、それはその人が自然なことを見ているから、絶対あの人はこういう風なんだろうな、って思っているんだけど、それは会話にして「貴方ってこうですよね」とか例えばそういう会話になってしまった時に、僕はこうです、私はこうですってことになるよね。違うんじゃないのってことになる訳よ。これは1対1の関係でもそうだし、社会との関係でもなんだけど、どこがリアリティなんだと、リアリティがない、と。リアルな貴方だったらそうじゃないはずでしょ?っていうことをデザインで説いているんだろうってこと。

●佐藤:それは重要だよね。

●深澤:それはアイデンティティだからキツイんだよ、実は。だから、面と向かってやるとキツかったりするの。貴方、そんなこと言ってるけど、実は違う人間だ、なんてことは“会話”ではあんまり言わないもの。でもデザインは言わなきゃいけない時があるんだ、実は。だから、それはその時には分からなかったかもしれないけど「こんな綺麗なバスルームをつくった」と、でも「私は綺麗なバスルームは・・・」とウンチクを言うと。実際使っているところはゴミだらけだ、というような生活がほとんどだと思うのね。だったら何で、いいものいいもの、っていうことになっちゃうけど、それを「何を言ってるの、貴方ゴミだらけの生活してるんでしょ?」と言ってしまったら、これはアウトなの。でも実はそれを「もしかしたら、こういうのを買って、綺麗にしたらアヒルでも買おうかしら」なんて、アヒルの人形が妙に可愛くなってしまって、そういう風な状態に行き着いたら、その人の生活は少し変わるよね。だからデザインが綺麗になって変わったんじゃなくて、その人の意識が変わったと。ということは、その人の素直なもともと持っていたポテンシャルとの素直なところにデザインが触れたと、いうことによって変化していくことを狙っている訳で、綺麗になったからいい生活できますよ、なんてそんな直接的なものではないですよ。

●佐藤:だから深澤さんがやっていることはプラットフォームを提供しているというか、それ以上は提供しないで、プラットフォームをすっと差し出してその上は自由ですよね、そこに装飾を付けようが、そのまま触らないで使ってくださいっていうのではなくて、プラットフォームを提供している、っていう考え方ですかね。
次の言葉、いいですか?これは今のとも重なってくるので、次にいきたいと思いますけど。「普通」。深澤さんは「普通」って言葉を色んなところで使われているし、語られているんですけど。僕も「普通」って、すごく気になる言葉で、深澤さん、「普通」について。むずかしいかな。

●深澤:難しい質問だな。書いてますけど「普通」って難しい定義で、同時に好きな言葉でもあるんです。何故好きかというと、アマノジャクなんですけど「普通」というのは悪いときに使うらしいんですね。教育の現場だと、特に美術の教育なんて、僕らのような領域の人を育てようとしている時なんか「こんなの“普通”じゃないか」というのは「普通」が、許されない。それとか「個性がないわね、そんなの“普通”よ。もうちょっとあなたらしく。」みたいなね。たまんねぇよな、そんな言われて。

●佐藤:言う言う。みんな言われてきた。

●深澤:言われてきた。そんな言われてもたまんないと。そうではなくて「普通」っていうのは、そういう概念ではなくて、本当は“そこに漂った、とても平和なベース”みたいな、そこのところに気づけるような心理状態っていうのは、とても幸せなものだと思うよね。

●佐藤:何かで読んだんだけど、例えば病気になったときに、初めて普段何でもない時がいかに幸せな状態だったかに気づく。それを幸せな状態の時に気付けるか、という。普段、それを幸せだと思えるか。

●深澤:多分、例えば「寒い」と。今日は寒いな朝、って思うじゃない。思うってことは、ネガティヴなんだな。ネガティヴの方に寄った解釈なんだね。「今日は寒いです」って天気予報で言う訳なんだから「皆さん気をつけてください」って言う訳なんだけど、「今日は寒いな」と思って「すごく幸せ」と思ったら、相当幸せなんだよね。そういうことって人間あるじゃない?うまくいってない状態がいい、と。そういうことが「普通」なの。って、ちょっと難しいか。

●佐藤)哲学だな。寒いってことを感じられる自分がすごく嬉しい、ってこと?

●深澤)そうそう。みたいな時がある。

●佐藤)それは例えば身体のセンサーがおかしくなった時に感じられなくなるでしょ?それは自然の環境が体感できることは、すごく幸せだ、っていう。

●深澤)ある意味さっき言ったように、自分の素直な自分のモードに戻っている状態っていうのが非常に「普通」であって、お前違うだろう、っていう人間の対応の中に生まれてくる、つくられた人間になっている時はそうではなくて、戻った時に非常に「普通」だったら、「あなた、それが“普通”ですよ」って使うじゃない?その普通という状態っていうのがある意味、良い意味にも解釈できるという風に思う訳よ。

●佐藤:ニュートラルとか、中庸とかね、そういう言葉と話がダブると思うんだけど。結局「普通」があるから、そうじゃないものもいい、っていうね。ということ?「普通」が無ければ、ある意味では「基準」があるから、違いが逆に分かる。それが心地良いっていう。もしくは刺激になる。

●深澤:僕らは他者の間のコミュニケーションに携わってをデザインしている方なんで、若干そういう場というか関係というか盛り立てていくっていう仕事をしなきゃいけない。だけど僕らの場合って“道具”を創っているわけで、その“道具”は「普通」でなければいけないっていう使命っていうのがどうしてもあって、そこにデザインっていうものが余計関与し過ぎているという状態がね、長い間きたわけですよ。そういう時代だからこそ「普通」がいいってことが問われる時代にいるっていうことなんですけど、またそれが不思議なことに、みんなが「普通普通」って言って、そうなってしまった時に「普通」がつまらなくなってしまうようなこともある訳です。だから、常に相対している。ものの考え方っていうのはどっちかに寄らずに、常に相対しているっていうものに二股をかけるっていうことが最も良いことで、こっちに行ったらこっちがあるということを解釈して、自分がどっちにいられても安定して中庸を保つみたいな感じが面白いんじゃないかなと。

●佐藤:デザイナーに結構重要なんではないだろうか、っていう。

●深澤:特にクールというか、客観性というのはね、非常に重要であって、それがあるからこそ安定して好きなことができるわけ。とんでもないことをやったりするんだけど、それが安定しているからこそ、かなりのことができる。かなりハズしたこと、って言ったらおかしいな、アバンギャルドなことができるっていうことによって、認められる。そうでなかったら、ただ破綻していくだけになっていく。

●佐藤:「普通」とかね、「当たり前」って言葉が本にもあるんだけど「もったいない」って言葉がね、海外の、外国人に日本の「もったいない」って言葉が素晴らしいって取り上げられているんですよ。例えば「もったいない」とかね、昔は悪い意味だったじゃないですか、「当たり前」も悪いし「普通」も悪い。昔、ネガティブな意味をもった言葉が、今ものすごく意味を持ち始めていて、全部そうですよね、ひっくり返っているというか。昔はね「普通じゃない」と同じで「何こんな当たり前のことやっているんだよ」っていうのは悪口。でも「当たり前」が無ければ、やっぱりそうじゃないものがない、っていうか。あまりにも当たりじゃないものに、世の中が意識しすぎている為に「当たり前」が無くなってきちゃった。それはありますよね。

●深澤:「当たり前」は今の状態では結構過激なんですよ。僕の言っていることは、ある意味過激なことを仕掛けているという風に取られてもいいんですけどね。それは常に中庸のバランスを取るために加重しているってことですね。僕は決して、ミニマリスティックなことに自分のデザイン哲学を閉じ込めようとしている訳じゃないんです。

●佐藤:最近、「真面目」ってね、すごく過激だなって思うことがあって。昔は「不真面目」なのが過激だった訳ですけど、NHKの方々とね、“にほんごであそぼう”って番組やってるんですけど、NHKの方々ってね、ほんとに真面目なんですよ。「今の冗談なんですけど」って言わないと、笑ってくれない。その空気が・・・最初はね、どうしよう、この空気の中って思ったんですけど。それがね、本当に真面目なんですよ。だから、素直にアイディアを出すと本当に素直に「面白いですね、やってみましょか」っていう。それはすごい過激、誰もやってないことを平気で彼らが動いていってしまう、この真面目な人たちって、今一番過激かもしれないって、実は思ったりなんかしまして。「お前、真面目なことばっかりやってるんじゃないよ」って、それも何かネガティブでしたよね昔ね。それにも増して、ネガティブな言葉が今ね、何か戻ってきているような気がして。
最後は「21/21」の場所をちょっと・・・あ、±0は?

●深澤:一個だけ普通を見せていいですか?「普通」の解釈って何かって思うのをひとつ。これはMUJIで始めたタモシリーズっていってムクの家具なんですけど、何だかよく分からない人がいるかもしれないんですけど、よく考えるとですね、ベッドの後ろの線と椅子の線が合ってるんですよ。これをこうくっ付けると、ベッドサイドにピッタリくっ付くんですよ。

●佐藤:これは国内ですか?

●深澤:国内。MUJIで売ってる。

●佐藤:あ、無印ですか、これ。

●深澤:「普通」の話してますけど。分かってないな。これが、ISSEI MIYAKE の時計で、これはガラスが12角形しているんです、文字盤には何も書いてないんですよ、これは「普通」ですね、で、過激でしょ?面白いのは何を言いたいのかというと、そんなこと普通に考えそうなもんだよね、っていうようなことが、まだ残っている領域があるってこと。時計、何百万個も出ていますよ、世の中に。その中で、12分割している訳だから12角形にガラスを使うだなんて、きっと誰かやっているんじゃないかとか思っちゃうんだけど、なかったっていうところが、あるかもしれないんだけど、おかしいじゃない。ということをデザインする、それが普通ですよね。

●佐藤:これ、ISSEI MIYAKE のロゴが針に入ってるんだよね。針の中に。だから文字盤のところにISSEI MIYAKEってロゴがない、っていう。グラフィックをだからこう、溶け込ませた、消した?

●深澤:そうなんですよね。もう一つ、面白いのはね、ここの中心が大きいんですよね、針っていうのは。この中心の円と同じ径の、径と同じ太さになっているんですよ。だから重なったときと、一直線になったとき、本当に一直線になるようになっているんですよ。

●佐藤:棒になる?

●深澤:そうそうそう。そういうことは、実は技術的にはえらい難しくて、登録の話になったり、針が動かなくなったり、そういうことがあるんですけど。なんだ、そういうことできるじゃん、っていうようなことも、意外と「普通」のことだと僕は思う。これは確かに過激だと思う。世の中で考えていることの反対側にも「普通」のことがいっぱいある、っていう風なところが、常識はずれと言えば常識はずれ、過激だと。ある意味それは「普通」の考えじゃないかというところにヒントがね、まだ沢山面白い領域っていうか、リアリティのある領域がいっぱいあると思う。自分の興味としてはそういうのを探したいと。「あ、まだやってなかった」みたいなところを探したいと思ってるね。

●佐藤:見つける。

●深澤:見つけるの。それはみんな「私もそう思っていたのよ」てことを言わせたい、っていう感じはありますね。

●佐藤:確かに時計の針って、一直線になった瞬間って、ちょっと見ていたりしたくない?重なった瞬間とか、結構見ていたりしますよね。たまたま見た時に重なっていたりすると「おお」って、こう思う時があったりしますよね。これ、この間、出たばっかりですね。

●深澤:出たばっかりですね。

●佐藤:でも深澤さんのしごとはね、エクスキューションっていう言葉を深澤さんは使うんですよね。エクスキューションていうんですけど。「芸術の達成度」ですよね。「達成度」、アイディアを達成させるために実はさっきの技術、セイコーエプソンに勤めていたことが、アメリカに行く前にあるんですね、時計のことに関しては詳しいんだけど、そのアイディアを達成するために、実はものすごくウルサイ、細かいことをやってるわけじゃない。あんまり語らないけどさ。時間がないから、いつも。

●深澤:まぁそうだけども。

●佐藤:「実はここのところを0.01ミリくらい削ったらどうかな」ってやってるでしょ?やってますよね。

●深澤:それは卓さんだって、グラフィックやってる人達だって、全ての人がやってることだと思うんだけど、実はやろうとした意思に対して、それが達成されてないときが最も醜い。世の中って、それは達成していなくても、努力して8割は達成したんだから、やったからいいじゃないかって、ものを出しちゃうことって、いっぱいある訳。実は最後の1割2割が勝負だったりするんだけど、8割やったっていうことを良しとしてしまって、完成に近づいたから出しましょうってものが世の中にいっぱいあるから、その2割で一般の人が分かってしまう。「あ、なんだ、ここまでやろうとしたのに、できなかったんじゃないか」できなかったことが露出するっていうことを、平気で製品化してしまうところがある。

●佐藤:「ほんとはやりたかったんですけど」っていうものはやめよう、ね。そうですよ、みんな。「ほんとはやりたかったんですけど」っていうのが分かってしまうことってあるじゃない。ほんとは一色に見せたかったんだけど、何かムラができちゃって許してね、みたいな。それは何か。

●深澤:ま、言い訳だよ。みつお。

●佐藤:言い訳で・・・時々そういうところから新たな発見をしたりする場合もありますよ。この表情、結構面白いな、なんて時も。

●深澤:あります。

●佐藤:デザインは僕が最近思うのは、デザインにフォーカスをさせることではないと。その更に奥へ。デザインにピントを合わせる様なことが多いんだけど、奥へナビゲートする為の装置である、という位の考え方をするようになってきていますね。フォーカスをさせようとするものが多すぎるから。ここの施設ではね、色々な可能性を指し示していくという「こうである」じゃなくて「こうなんじゃないの」「こういう見方もあるんじゃないか」色んな可能性をこの場で創っていく、出来上がったものを一方的に知らせるという場ではない、その企画を今、喧々諤々、大変なんですよ、今ほんとうに。これからどうなるか、来年オープンして、もちろん色んな意見が出ると思うんです、それをどんどんまた受け入れながら進化していくと思います。是非また、HPなどもこれから生まれたり、ニュースなども流れますので、ちょっと注目していただけると嬉しいですね。では時間なんですけども。今回、eATはですね、「ルール」という投げかけをしてきました。何もないところからは何も生まれないという、そういうのを言い切ってしまうことによって、そこからまた議論が生まれるんじゃないか、というつもりで、そういうサブタイトルを付けています。テーマ「ルール」という軸を設けてみて、チラシとかポスターとか、色々なところにグラフィックにルールを設けてみて、アワードにもルールを設けて、「ルール」っていう軸で開催してきました。私、初めてやったんですけど、それがどうなのかは、これから謙虚に皆さんのご意見をお聞きしたいと思います。今日は最後のセミナー、本当に忙しくて、実は会議にも出られなくて、トンボ帰りで。イタリアの仕事も今、いくつやっているんですか?

●深澤:7社。

●佐藤:7社の仕事をしていて、友人なんですけど来てくれたことが私自身も個人的にすごく嬉しいことです。どうもありがとうございました。

(敬称略 文責eAT事務局)


佐藤 卓氏

深澤直人氏


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