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セミナーA
「アニメ世代の夢と現実…映像か?本物か?」

樋口真嗣/映画監督
開田裕治/イラストレーター
しりあがり寿/漫画家
八谷和彦/メディアアーティスト
ヤノベケンジ/現代美術作家
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■SeminarA

樋口監督

●樋口:皆さん、今日はすばらしいメンバーが4人も集まっていますが、時間がありません。時間に厳しくいきたいと思います。昨夜も楽しい金沢の夜を過ごさせていただきましたが、なぜ俺が朝一番のセミナーAなんだと(笑)…
では、八谷さんからさっそく。

●八谷:今回のイートのタイトルにもついている「ロマンスとエンジニアリングがあれば人は空も飛べる」というようなことを実際にやっています。

---実機の制作過程とデモフライトの様子を映像で紹介---

今、ご覧いただいたのは「オープンスカイ2.0」というイベントで、初台の会場で公開している映像です。ジブリの「風の谷のナウシカ」というアニメーションに出てくる架空の機体を、僕が勝手に実際につくって、僕自身が乗っています。最初、女性を乗せて撮影しようと思ったんですけど、やはり危険なので、自分が乗らなきゃだめだと思いまして。かなり安全に気を配ってやっているつもりなんですけど。本当に飛ぶか、インターネット上にも皆さんいろいろと書いてくれているようです。

●樋口:確かに飛んでいましたね。

●八谷:過去に絵なんかで残っているものを実際につくって、本当に飛ばすことって大切だと思っています。飛ばすために広い場所をさがして、スタッフと合宿して、機体を運んで、練習するといったことをしています。今の映像は北海道ですが、動力はゴムです。ゴムを引っ張ってパチンコの要領で飛ばしているんですけど、結構飛んでいるでしょう。飛行機は精度管理が難しくて大変ですけど、ゆくゆくはエンジンをのせて飛んでるのを撮影して終了する予定です。

●樋口:自分は現代美術のことは何だかよくわからないんですけど、ヤノベさんはとにかくカッコイイものをつくりますよね。

●ヤノベ:まさに「アニメか現実か」というテーマが、僕がこれまで取り組んできたことなんです。僕は1965年生まれなんですが、この写真は大阪万博の会場にたたずむヤノベ少年です。会期が終わった頃に、家が会場近くに引っ越しました。取り壊して、もうエキスポランドじゃない会場が家のすぐ近くにあって、大阪万博会場が廃墟になっていく過程を見て過ごしました。今は公園になってますけど、結構長い間廃墟のまま放置されていたんです。そういう未来図の廃墟を見ながらイマジネーションを膨らませました。大阪万博の会期中はあまり連れて行ってもらった記憶がないんですけど。この跡地に残っていた美術館が壊される時に僕の最初の展覧会「メガロマニア」を開いた時の映像です。

---作品紹介---

樋口さんというガメラの特撮監督の前で恐縮ですが、昔、ガメラマニアだったんです。まさに、つくりたいという衝動にかられて、開田さんがずっと描いてこられたように僕もつくってみようと。そこで、つくりたいものをうまくつくるにはどうしたらいいかということになって、美術系大学に入ったんです。当時、海洋堂にいた大学の先輩にも誘われたりしたのですが、やはり、他の人がデザインしたものをつくるより、自分がつくりたいものをつくる方がいいと思いました。そうして、自分が何をつくりたいのか突き詰めていくうちに行きついたのが「タンキング・マシーン」です。この作品は「自分とは何か」を見つけるための装置です。それからはたくさんのものをつくってきました。

●しりあがり:今、アニメーション誕生100年ということで5分くらいのアニメーションをインターネットでいくつか公開しています。今はもう誰もがわかっていることですけど、簡単なアニメーションが手軽につくれる時代になっています。ちょっとこちらをご覧ください。

---作品上映---

漫画家として新聞連載なんかをやっていますが、今日は映像がありませんが「TOKYO LOOP」という映画があって、佐藤雅彦さんや久里洋二さん、岩井俊雄さん、いろんなクリエイターが集まって短編アニメーションをつくったものが上映されています。その中に私の作品も入っています。今は本当にアニメーションが簡単にできます。先ほどの作品もほとんど友だちがつくってくれて…絵のトレースなんかは自分でやったんですが、すぐ飽きちゃって…(笑)1秒16コマくらい必要らしいんですけど、そんなに描けません。映像作家と漫画家がどこで分かれるかといいますと、漫画家は基本的にコミュニケーション力がありません。映像をつくるには人を束ねたり、リーダーシップをとったりというのがありますね。漫画家はそういう力が欠けている人が多くて、でも、こんなにアニメーションが簡単にできるようになると、漫画家が自分でつくった、もっとネガティブな作品が増えるかもしれませんね。作品がいっぱい世の中に出るようになって、とても楽しみですね。私の作品の中からもう少し時間かけたのも見ます?

---作品上映---

私はアニメと特撮の間って結構あるような気がしまして、子供の頃はウルトラQが大好きでした。開田さんの前ですけど、怪獣描いてみましょうか。アニメーションは特撮に比べて現実に対する肉迫度が足りない気がしています。無いものをさもあるように見せる――現実に対する執着心が足りないような気がして、子供の頃は静岡だったのでタミヤとか代表的なプラモデルメーカーが近くにたくさんあって、ジオラマ(情景写真)なんか好きだったんですけど、一緒にプラモデルをつくっていた友人がマジンガーZにいってしまって…僕がちょうどウォーターライン(艦船プラモ)だという時に。大学の時もサークル活動で、ガロっていう雑誌なんか好きでした。サークルの後輩がシャーとかアムロとか言い出して、「それ何?」という感じでした。僕もその当時にガンダムなんかにはまっていれば、今頃はもっとメジャーな作家だったんですけど…
先程のアニメーションはニフティで無料で公開しています。本当に手軽にアニメーションがつくれるいい時代だと思っています。

●開田:僕の作品展を今度、金沢21世紀美術館のデザインギャラリーでやりますから、怪獣好きな人がいましたら、ぜひ誘って見に来てください。いままで皆さんのお話を聞いていて驚くことに僕とルーツがほとんど同じところが多いんです。ひとつ違うのは年令かな。

●樋口:ですから僕らは開田さんのつくる解釈がなかったら、こんなふうにならなかったというか。

●開田:それが驚きなんですけど、僕の場合は好きで無我夢中でやっていて「宇宙」や雑誌の原稿や若気のいたりでつくった本などの仕事が、皆さんにも影響を与えたというのを知らされ、びっくり仰天です。昭和28年生まれでゴジラが29年公開ですから、昭和30年代の怪獣映画がいちばん盛んな時に多感な時代を過ごしました。たまたま僕が他の同年代の人と違っていたのは、高校生になっても「怪獣が好き」という気持ちが変わらなかったことです。たまたま美術部に入ってしまって、美術の影響を受けて、しかも高校が千里高校という万博会場から歩いて15分くらいの距離にある学校だったので、会場の建設中から目の前に未来都市が建ちあがっていき「これはすごいぜ!」ということでした。美術にもはまってましたが、万博会期中は毎日通っていました。大学に入ってもデザイン科でした。その当時は、怪獣映画は廃れていたのですが、別に僕だけが怪獣好きなわけでもないだろうと思い、「SFマニア」に「僕は怪獣が好きです」という投稿をしたら、全国的な反響があってそのまま組織までできてしまいました。同人誌をつくるところから始まり、そんな時、タイムリーに「スターウォーズ」とかいけない映画がどんどんできてくる訳です。そんな時に東京の今のアニメ文化の中心にいるような人たちと接触できたので、東京に行けばなんとかなるかなということで就職活動なんかせずに東京へ出てきたら、雑誌が出版されたり、TVランドに怪獣の図解が飛び交う時代がやってきて、新しいウルトラマンシリーズが始まって仕事になりました。イラストレーターとしてデビューしたと同時に怪獣ブームが始まったということで、これも僕の友人たちが仕掛けたことなんですけど。イラストレーターって、一度、色がついちゃうとずっとそれで行くということが多いので、そのまま今日に至っています。今まで私が描いたものをモニターでご覧いただきましょう。

●樋口:これって最後まとまるんですかね? 続きは夜塾でやりましょう。会場の皆さんのお腹が減ってきているようなので。


八谷さん

ヤノベさん

しりあがりさん


 

開田さん

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