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セミナーB
Music「指はデジタル 手はマニュアル」

高橋悠治(作曲家・ピアニスト)
萩野正昭((株)ボイジャー代表取締役)

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■SeminarB

萩野正昭氏

野:このセッションのプロデューサーの萩野です。 数々の表現のジャンルの中でもっとも早くからデジタルに取り組んできたのは、ミュージックと言葉なのではないかと思います。 言葉とデジタルに関しては、これから100年、200年をかけて語られるべきものではないかと思っていますが、音楽に関して言えば、極めて明確に変化が表われてきたと思います。それは、映像の比ではないでしょう。今日のゲストの高橋さん自身も1970年代からデジタルに係わってきています。 すでに音楽のように、デジタルの分野にも多くの経験者がいるということは、大事なことだと思います。 私がデジタルに対して、気になることがあるとすれば、すべてのものを顧みないということです。これだけ無数の試みがなされているにもかかわらず、来年それらが話されているかもわからないことです。 おそらく、このeATが97、98と続いていく中で、皆さんもそれを体験されていくことだろうと思います。という意味では、創造とは、ひらめきや思いつきではなく、戦いなのではないか、作者への問いかけと軌跡ではないかと思いますが、音楽の分野では、それをすでに語れるのではないかと思います。 その道のりを歩んできた中の一人である高橋さんを今日ここにお迎えしてお話をうかがいますが、まず、今日のタイトル「指はデジタル 手はマニュアル」についてお聞きしたいと思います。


高橋悠治氏

●高橋:もともと、指はデジタルなものです。数をかぞえるものです。 手をマニュアルというのも、手はもともと何かをやるニュアンスというものを持っているわけで、ここでいうマニュアルは何かの仕様書という意味ではありません。 私自身のコンピュータとのかかわりのお話をさせていただきますと、これまでに2度ありまして、1965年から74年くらいまでにやっていたことは、部屋いっぱいのIBMのハードウェアでフォートランという言語を使っていました。パンチカードに穴をあけて渡してくるわけです。それが帰ってくると数字の表になって帰ってくるので、それを音符に書き直すという作業をやっていました。 当時はフランスでやって、アメリカでやって、日本はまだやってくれるところがなくって、という状況でした。いくつもの計算をコンピュータにさせるわけです。 もう一つのかかわりは、マッキントッシュのプラスを買ったときから始まりました。マッキントッシュSE30から今はPower Bookに代わりましたが、当時はマックスというプログラム環境をつかってサンプラーを動かすわけです。いろんなサンプラーを集めて、それを組み合わせて、いくつかのゲートを組み、ゲートを選ぶとコンピュータが音をつけるわけです。 たまたま、もうこれは限界だなと思っていたところにサンプラーの事故で、データすべてを失ったので、ちょうどこれはイイっていうので、コンピュータで作曲するのはやめにしました。

●萩野:プログラマーだったら、そこで真っ青になってしまうんでしょうけれどね。 私の事務所で一度ハードディスクの事故があって、データが全部消えてプログラマーが1週間ほど立ち直れなかったことがありました。

●高橋:2時間くらいで立ち直りましたけど、もっと違うことに時間をかけた方がいいと思ってやめたわけです。 インターコミュニケーションというNTT発行の雑誌に、今、何ができるかという記事を書いているのですが、コンピュータはまだ自分でプログラムを作る能力がない。 ところが、手は、何かが起こった場合に状況に対応することができる訳ですが、コンピュータにはできないわけですね。

●萩野:この過程については、NTTのインターコミュニケーションという雑誌に載っています。ボイジャーのURLにもエキスパンドブックで載せます。「方法論序説」というタイトルですからどうぞアクセスしてご覧下さい。 音をいつ出すか、どれくらい出すか、その音の高さ、あるいは、MIDIというキーの位 置がどれくらいか?全部を計算するプログラムを作って、音を出させるわけですが、ランダム性ということになれば、問題だなと思っています。 ランダム性のファンクションが予想される中にあって、ソフトウェアの設定範囲に収まるようになってしまう、制約された中にあるわけです。 ですから、ソフトウェアを自分で変えていくうちに、プログラムか、ファンクションを自分で変えていけるプログラムがなければおもしろくない訳です。 コンピュータをやっている人のすべてが、脳の中で決定されるというふうに思ってしまっていますが、考えて意識することもあれば、意識しないという状況もありますから。 あるシステムが動き出すと同時にシステムを作り出すような状況を創り、マニュアルがなくても、その場で対応しないといけない訳です。 今の段階では、機械よりもやはり手の方が優れていると思ったんです。

●萩野:高橋さんと、このテーマについてわかっていただける何か良い方法はないかということで、いくつかの材料を用意してきました。 高橋:これから20分くらいのVTRを見るのですが、それは田村ふみさんという音楽学者で東京でジャワの舞踊やガムランの音楽グループを主催されている人が、ボルネオのインドネシア側に行って撮ってきたダヤクと呼ばれている人達の竹の楽器で作る音楽のVTRです。
(ビデオ上映)
このリズムは、どうやってできているのかというと、どうも相当長いフレーズのものらしいんです。だから、どうやって覚えるかというと、全身のリズムみたいなもので覚えているようなんですね。

(江並氏、マツモト氏、中ザワ氏登壇)

(高橋氏による指導実演)

●高橋:すごく簡単なルールがあるんですけど、簡単なランダム性があって、簡単ものから、複雑になっていくということなんです。

●萩野:いくつかの試みをしてみましたが、非常に表現の多様性というか、シンプルなものの中にいろんな工夫があるというか、意識の仕方で非常に大きな表現の可能性があると思います。

●高橋:コンピュータミュージックをやっていていつも不思議なのは、いろんな音が出ているんだけども、実際はスピーカーの膜の振動でしかないわけです。例えば、ステレオで音があっちこっちにあって、移動の間に音がつくれるわけです。先ほど吹いていただいたのは葦(あし)ですが、葦を吹いている人間が5人いて、この部屋の中を歩き回っているとすると、それは同じように異質なことなのです。それは次元の違うことなのです。ひとつの中心があるものを、中心のないネットワークのようなものに比べると、ただネットワークをつくっているものがある種の同質性を持っていて、要素が集まってネットワークを形成するのか、ネットワークが形成されていてそこに要素が集まってくるのか。こういう実験でもいろんなことが考えられます。

●萩野:今日のお話をうかがって、ヨーロッパの楽器の代表的なピアノを比べるとどうなのでしょうか。

●高橋:ピアノというのは、機械でどこをたたいても同じような音が出るようにできています。ピアノを練習する時、最初に取り組むのがいかにムラなく弾けるようにするかということですが、本当におもしろいのは、いかにムラをつくるかなんです。機械的なものというのは一度に音がたくさん出るとか、速く何かができるとか、どこでも均一に同じものができるとかなんですが、その逆をつくりだすにはどうするかというのを考えるようになるわけです。最初にピアノにかかわっていますから。

●萩野:今日のお話というのは、非常に説明のしにくい話なんですが、ものの観点といいますかヒントといいますか、そのようにとらえていただければ幸いです。今日は、せっかく高橋さんにお越しいただいていますので、ピアノを弾いていただきましょう。

●高橋:ピアノをやっていると、結局、ピアノを弾いてくださいということになってしまうわけですが、これから余興としてエリック・サティの曲をいくつか弾こうと思います。つくり方がいわゆるデジタルなつくり方なんです。断片みたいなものがいくつか集まってつくられています。

 
(セミナーでの発言から一部を抜粋して掲載しています)
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