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セミナーG
Art3 「メディアの多様化と現在」

江並直美(アートディレクター、(株)デジタローグ取締役主幹)
タナカノリユキ(アーティスト)

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■SeminarG

江並直美氏(右)

●江並:今日は、メディアの多様化とアートの現在について、コンピュータを使って表現する意識のプロセスとか、平常どのようなことを考えて仕事をしているかをお話します。マルチメディアの時代になったと言われていますが、もともと2つのメディアがあれば、マルチメディアであるという発想をもっていますので、昔からマルチメディアに関わっていたと思っています。90年ころにコンピュータに出会った訳ですが、当時、「グラフィック アズ メッセージ」という展示会があり、コンピュータを使った作品を作って欲しいという話があり、その時にタナカさんと仕事をしました。

●タナカ:92年、5年前です。 フルデジタルのDTPで、B全のポスターを作りました。日本では、初めての試みでした。お互いに今までなかったことを実験的にやり、そこでおぼえたことを仕事に活かしました。また、仕事でやったことを持ち寄って、また新しいプロジェクトを行うというふうにしていました。

●江並:当時、大型のB全ポスターを作ったときには、コンピュータを意識しないで、道具として考えてやっていました。まじめに、コンピュータの表現のことを考えていましたが、もっとばかばかしい、役に立たないコンピュータの実験を試みました。それが「マックシェーク」です。


タナカノリユキ氏

●タナカ:比較的新しいテクノロジーなりメディアを扱って、それをテーマに連載してみようということになりました。僕自身それがデザインになるのか、アートなのか、文学になるのか、単なるお笑いなのかという実験的なものです。それは、映画が初めてできたときにいろんな人がフィルムをいじって実験映画を作ったり、ビデオもそうでしたが、新しいテクノロジーができるときにはそういうことがありました。とにかく、可能性があるのにやっている人がいないようなことを連載し始めました。

●江並:いかにコンピュータが曖昧な部分があるかという実験をしてみましょうということになって、全部で10回行いました。

●タナカ:1回目は、当時出てきた翻訳機で日本のことわざを英語に直し、それをまた日本語に、また英語にということを延々繰り返すとどうなるかやってみたわけです。例えば、「光陰矢のごとし」を英訳しますと「Time flies like an arrow」ですが、これを翻訳機にかけますと「矢のような瞬間蝿」になるのです。逆に言えばコンピュータがいかに馬鹿だったか(真面 目すぎたか)がわかります。「愛は盲目」だけは何度やってもそのままでしたが、他はだいたいほんとっぽい詩になってしまいます。

●江並:これを初めて見たときに「なんてばかげたことをしているんだろう」と思った人もいるんだけど、こういうものは思いつくんですけど本当にやって印刷するというところが重要だと思います。これは、92年です。
2回目は、3Dソフトウエアで当時出た日照時間を計算するもので、緯度、経度、時間を打ち込みますとその地域にある太陽がどう影を作っているかを見る建築用のシミュレーションなんですが、世界中にオブジェクトを置いて日照実験をするという試みです。

●タナカ:3回目は、「金は天下の回りもの」と言うプロジェクトです。

●江並:デジタルデータは0と1で全く劣化しないものですが、デジタル上における酸化実験ということで、出力したものをスキャニングして、また出力したものをスキャニングしてと言うことを何度も繰り返しました。それに使ったのがインドのお金です。

●タナカ:ちょうどそのとき初めてインドに行って、インドのお金は醤油で煮染めたように真っ黒で文字が読めないほどでした。紙幣が使っていくことにより、醤油で煮染めたように真っ黒になっていきます。では、コンピュータの中にお金をスキャンしていれて、それをプリントアウト(フィルム)にしたものをスライドで投影してデジタルカメラで撮って入力すると言ったことを延々繰り返すとお金いうバーチャルなものは、デジタル空間でやったものと実際インドにあったものと違いがどう出るかということをやってみました。

●江並:その中で感じたのは、コンピュータがいかに不正確かということ、いわゆるデジタルされていくということがいかに曖昧かということがわかってきたのです。


●タナカ:4回目は、ハンドスキャナーで僕の「ラストディケイト」という作品集を読んだものです。自分がいつも読んでいる速さでハンドスキャナーを使っていきますと、そのデータがある程度間引かれるんです。それが滞積していき、どんどん地層のように重なっていく、だから本を横から見たような状態になってしまいます。

●江並: 1つのテクニックとしては、意図しない形ができておもしろかった。コンピュータというのは意図しませんと作れないんですけど、どうやってインスタントにものを作るかという実験だったと思います。

●江並:5回目は、マックプレスの最後の方で音をやってみようということになりました。

●タナカ:これは、僕が髭を剃った音をサンプリングしています。その波形というのが下の方にでています。これは自分の髭を電気剃刀で剃った音の波形で髭を描いてみたものです。

●江並:6回目は、いろんなことをネットワークで実験したものの1つです。タナカさんの作品をパソコン通 信のニフティー上にあげて好き勝手に加工してもらって、一番いいのを掲載しようとしたものです。一番いいと思ったのは、3Dでマッピングして単にいじるのではなくて、自分の中に持っているタナカさんの考えているイメージを増幅させて作られたことです。そして、例えば今まででしたらタナカさんの作った絵や彫刻に加工はできないのに、それが実際できてしまって、オリジナルというような著作権云々を越えていく、それから新しいコラボレーションの可能性があるということです。

●タナカ:7回目は、モーフィングです。モーフィングというのは、コマーシャルフィルムでもよく使われていますが、AとBという絵をつないで動いていく、例えば狼の顔が人間の顔に変わっていくというようなソフトです。これは比較的動画で使われていますが、モーフィングでタイポグラフィーを作ろうということです。ここでは文字と人間の絵をモーフィングしました。
8回目は、清田君と言うスプーン曲げの少年に、マックに念写してもらう実験をしてみました。

●江並:その時は、フォトショップのデータの上に念写できるかあるいは、フォトショップのデータをフロッピーにいれて、それに念を送ってもらうものでしたが、コンピュータがおかしくなり、ランダムなものです。だから、2度と同じ出方はないということです。

●タナカ:今日は映像を見る前に、目の仕組みをインタラクティブにして、それから見る映像を持ってきました。いわゆるインタラクティブとはどういうことかという話です。とても気持ちのいいものから、江並さんとやったようなメディアとは何かという実験的なことから、今度自分たちの身体の仕組みは何か、ということが疑問になりました。それで、身体の仕組みも含んでインタラクティブに考えていくシリーズが、「アーバンサイエンスシリーズ」です。心理学の下条先生と組んで、身体の仕組みと環境、表現がどう関わっていくか両方のサイドから考えていく試みです。

●江並:これは、目というインターフェイスを応用した実験ですが、マルチメディアを考えたときに、人間としてのインターフェイスとは何か、タナカさんは皮膚ではないかといっていますが、その他に視覚、聴覚もあります。表現を多様化していった時に、どうやって人間に対して情報を送っていくかという部分で実験をやっていきますが、記号翻訳可能な言語において皮膚をどういう風にとらえていくか。

●タナカ:今のコンピュータで翻訳されているのは、視覚と聴覚で、触覚や内臓感覚まで翻訳されません。コンピュータのまわりに触覚のあるもの、例えば縫いぐるみの動物とか、を置くのは翻訳されていないものに対するバランスをとろうとしているのでしょう。だから、視覚、聴覚は電子メールやインターネットで世界中を飛び回っているのに、身体はここにあります。そのギャップがまだ翻訳しきれていないのが今後の問題点になるでしょう。

●江並:ですからコンピュータでできない曖昧なところを電子メディアで作っていく上でどこまでやっていくか、逆にインタラクティブの部分では、今ある電子メディアでは本当のインタラクティブはできていないと思います。誰かが作ったシナリオがあって、ユーザーは単にそれを選択することしかやっていません。でも、そういうものではないと思います。とても曖昧かつ抽象的なニュアンスが表現できる可能性があるのではないかと思います。

●タナカ:コンピュータは、使う人が感じて何かしなければ動きません。そうすることで初めてコンピュータはツールを超えてコミニュケーションとして次のメディアとして表現されます。
江並:今までものを作る表現はまず、イメージがあってそれをどのように再現するかということでした。その結果 が絵画なり彫刻でしたが、コンピュータの時代になってそのロジックが変更されつつあるのではないか。比較的新しい経験から新しい発想をつくっていくものもありますが、コンピュータでものを作ったときテクニックを理解するプロセスの中から新しいイメージが出てきます。これは、従来、ものを作っていたイメージがあるというやり方とは違うようです。でも別 の意味でいえば、美しい花を見て描いてみましょうというのと似ているような気もします。そのことがいったいどうやって新しい表現を作っていくのかがまだ見えてきません。
タナカ:表現とプロセスの関係が変わってきています。今までは表現するためのプロセスでしたが、プロセス自体が表現だったり、表現とプロセスが入れ替わる可能性もあります。これまでは、イメージがあって、表現してそこに技法があるという直線的なものでしたが、いろんなメディアやテクノロジーが出てくることによって、空間的に切っていく。だから表現でイメージを伝えていくことは、途中のプロセスで他のものを発生させることであり、そのことが本当のマルチメディアではないかと思います。
 
●江並:結果として、マルチメディアも作らなくてはいけないが、その過程の方がおもしろい。コンピュータが出てくる前と比べますと、視覚体験のスピードと情報量 が拡張しています。それは大変なことですが、クリエーターにとってはプラスになっています。ただどのようにコントロールして選ぶかが、これからものを作る上で重要になっています。

●タナカ:エレクトロニクスの世界で純化されたものがマルチメディアといわれますが、アウトプットなことも含めてローテク、ハイテクといったものが渾然一体となった時、今の段階でいいますと触覚感が翻訳されないので、マルチメディアが必要ではないか。そのことが江並さんが言ったように、イメージから表現に向かうプロセスが、表現になるのではないか。だから、実際そこで起きたことがパフォーマンス性をもっているんだけど、それが工房なのか、演劇なのか、映画なのかがわからない状況で仕組んだとしても、瞬時に切り取ったものが映画として生産されたり、演劇としてみれたり、テレビ放送になったり、という形が作れると思います。

●江並:今までリニアなものしかできなかったのが、ものを作るということで巨大でクリエイティブなオブジェが完成されていきます。

●タナカ:エレクトロニクスの世界が自分たちの生活に入ってきたときに、どう感じ方が変わってこれからどうなるか、どういう問題があるかという話をしてきました。その答えは、実体的な場所でしたり語彙でしたりするのではないでしょうか。

 
(セミナーでの発言から一部を抜粋して掲載しています)
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