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セミナーC
「アートとCFにおける映像表現」

タナカノリユキ(アーティスト/アートディレクター)
中島信也(CMディレクター)
日比野克彦(アーティスト、東京藝術大学助教授)
コーディネーター:山口裕美(現代美術ジャーナリスト・アートプロデューサー)
 

TOPeAT`98 SeminarASeminarBSeminarCSeminarD98ゲスト一覧

■SeminarC

(左から)タナカノリユキ氏、中島信也氏
 日比野克彦氏、山口裕美氏

●山口: 私は、今TOKYO TRASHというWebページを主宰しています。このページは、一応アートという単語は使わないで、アートを表現してみようというWebページです。アート情報、それから、これから若手のアーティストのインフォメーションを入れようと思っています。それは、作品のデジタルカタログではなくて、こんなアーティストがいます、こんな事を考えています、展覧会は、ここでやっていますというような、よりグラフティカルに使えるようなものを目指してやっています。その他に、今までいろんな人にインタビューをしていまして、ロングインタビューは雑誌で聞けないような、かなりくだらない事も聞くようなインタビューをしまして、赤塚不二夫さんとか、村上龍さんとか、立花ハジメさんとか出ていただきまして、最新号ではTOKYO TRASHアートアワードという事で、いきなりいろんな人に物を送りつけるというような事をやっています。では、今日は、日比野さんにとても素晴らしい作品を用意していただきました。時間がもったいないんで、すぐ日比野さんに振ります。お願いします。

●日比野: 私のしているコマーシャルの仕事というのは、自分がディレクションしたりというのはほとんどないですよ。今日、このeATでね、映像を何か自分が昔関わったようなCFじゃなくって、自分なりの考え、映像っていうのは自分にとって何かって事が見せられればと思って、金沢のスタジオの人たちに手伝ってもらって、仕込んだんですけども。日頃、絵とか描くじゃないですか、絵描いたりとか、物作ったりとかっていう一番最初に何でもかんでも絵から始まるるんだけども、絵と映像の一番の大きな違いは何かっていったら、やっぱり時間があるかないか、動いているか動いてないか。絵を描くと、例えばギャラリーでもいいし、美術館でもいいし、ポスターでもいいんだけども、ずっと同じ静止画が止まっているわけだよね。でも、動画っていうのは、動画っていうか時間を絵の具にした表現っていうのは、コマーシャルにしろ、映画にしろ、例えばお芝居にしろ、コンサートにしろ、ミュージシャンにしろ、とにかく時間というのをプラスα、そこに、次元を一個たす訳じゃないですか。けれども、自分達が描いている時に全く静止画かっていうと、プロセスはやっぱり動画な訳ですよ。そこに行き着くまではね。全くまっさらな紙から、体動かして、手動かして、その自分の、例えば、半日とか一日とか数時間の時間のプロセスがその過程にある訳じゃないですか。最終的に完成というか、その時間が積み重ねたものが、固まって出てくる訳ですけども、自分にとってやっぱり、時間というのは、絵の中に盛り込みたいというのはすごくあるんですね。いろんな試みっていうのは、いろんなアーチストが当然やっているんですけども、今日はそこに4面 、客席の手すりの上に段ボールの画面がありますけども、このまんまだと静止画というか、静止の物体だよね。

●山口:なんか日比野さん、まだ未完成っていう感じも。

●日比野:でしょう。これね、10日間ぐらいかかったんだけどね、考えるのに。でも、段ボールはね、金沢の人たちが作ってくれて、サイズだけ僕言って、そんなにきれいにならなくていいからって。昨日、金沢に着いて、夜、白い絵の具だけちょっと塗ったんだけども。

●山口:日比野さんて、素材はその場所場所で、その場所にある物を使っているんですか。それとも、例えば段ボールだったら持っていって作るっていう。

●日比野:結構めんどくさがりやだし、なるだけ人が出来る事は、自分はやんないっていうのはあります。こだわるとこ、こだわるっていうのかな。例えば、これだったら電話で、東京でちょっと打ち合わせしてね、このサイズでこの段ボールって、誰が貼ったっていい訳ですよ。16ミリのフィルムがあるんだけども、ちょっと流して下さい。
(映 像)

●日比野:これ、素のフィルムの上にマーカーで書いたりしてっていうのをエンドレスでループで16ミリの映写 機で回しているんですけども、動画と静止画が一緒になってて、人間って何でもそうだけども、ギャップがあるところに、注意がいくじゃないですか。何かと何かが出会って、ちょっとしたギャップがある、ずれがあるというところで、なんか自分なりの想像力をはたらかせて。これは、ここで「日比野、何やりたいの」って言われればね。だから、動画の魅力と、静止画の魅力のギャップっていうものがあって、静止画を見てるのか動画を見てるのかっていうのは、自分の中で結構、錯綜してると思うんです。動画の怖いところっていうのは、けっこう催眠術のようにずっと、時間があるから同じ事繰り返し見ちゃうし。あと、静止画の強いところっていうのは、言いたいとこ、言いたいとこっていうのを、ずっと押さえてて、見せてくれるみたいなところが、両方ね絡まっているところが。

●山口:両方見たいですけど、首をこう振ってかないと見られないですね。よくいう話ですけれども、静止画の集合体が動画だっていう考え方もありますけれど、一つずつ切り取ってもきれいに、その瞬間瞬間、画像として成り立つっていう、日比野さんて、そういう事やっていらっしゃると思うんですよね。今回の打ち合わせの時にもおっしゃってましたけれども、フレームの中だけ、モニターの中だけで、閉じるようなことで、それが映像だっていうふうに考えられるとしたら、僕は、それだけではないだろうって、体験なんだっていうふうに私に説明していただいたんですけれど、そういうのはすごく大事だと、私も思うんですね。例えば、ここに皆さん集まって、これを体験している訳じゃないですか。これは、本当に日比野さんがね、この為に作って下さった訳だから、ここでしか見られない。

●日比野:もう終わったらこれ捨てるからね。今日の、きっとあと5分後には、これはもうお役ごめんで。

●中島:これ、フィルムの長さって、決まってんの。

●日比野:それは、映写機のループで物理的に、だいたい2メートルぐらい。何フィートっていうのか知らないけれども、2メートルぐらいですね。

●山口: 例えば展覧会があって、そこで終わるっていうのもありますけれども、ずっと置いときたいとかそういうのは、どういうふうにお考えになりますか。ビデオにして販売するとか。

●日比野:メディアに、マスに訴えるには、そういうのは大切な事だと思うし、けど、さっきの話じゃないけれど、人がやれることは自分はやんない。例えば、これをマスに流したいとか、そういうパッケージにしたいっていうパートナーがいれば、その人がやった方がいいと思うし、物作り出す時に、いかにしてマスに永遠不滅に作ろうかと思うと、やっぱりやり方が違ってきちゃうから、はき出す時ってそういう事だから、考えてないですよね。

●山口: 例えば、いろいろ海外でも展覧会、例えば、第46回ベネチアビエンナーレ日本パビリオンにお出になったりして、海外いろんなとこに行かれますよね。それで帰ってきて作ると、その時受けたインスピレーションを、何かの素材に使うって事はあるんですか。

●日比野:まぁ反射神経だと思うんですよ。絵を描いたりとか、表現するっていうのは。それこそ時間でいえば、同じ時間は2度ないわけだし、同じ自分は2度こないわけだし、まして海外に行かなくったって、例えば金沢だっていいし、昨日今日例えば、渋谷から青山でもいいし、移動しただけでも、その時のその日の天気とか、自分の体調とか、出会った人とか、話した内容でそのあとに描いたものっていうのは、影響されてますよね。もう、数秒前の自分に自分が影響されて反射神経的に、はきだしてるのがあるから、なおさら海外なんかに行くと意識的にやるところがありますよね。ですから、それこそさっき山口さんが言った材料にしろ、描くものにしろ、その土地とか、雰囲気とか時間の反射神経的なもので、それこそこの作品だって、eATがあると、こういう空間があるとっていうことでやった訳だから、今日ここに来なかったらこういうものは作んなかったしね。

●山口: 素晴らしい。やっぱ、日比野さんて一目見て分かっちゃうっていうのが、ものすごい個性だと思いますし、とても素晴らしい作品なんで、ちょっと映像をかけておきたい気持ちもあるんですけれども、今日はですね、盛りだくさんでたくさんのビデオを用意していますので、では次の。

●タナカ: あと、これビデオで販売したりとかしない方がいいよね。

●日比野: この場所で見た、フィルムの質感とか、段ボールの質感とか、空間の質感があった方がすごくいいし。だからよく、例えばこれ見ていいなぁと思ってくれた人がいて、これ下さいたって持って帰れるもんじゃないでしょ。例えば、段ボールだって、フィルムだって、家に持って帰ったってどうしようもない訳だからね。もうこれであと、はい終わりと言ったら、もうこの役割は、シュボ。

●中島: だから、テレビのモニターで見る事と、映画みたいなもので見る大きさって、映像と内容としては、同じだけれどやっぱ違うじゃない。大きさが変わってきたりとか、その空間がくると、印象も違うしね。でも、フィルムの感じってのが出て、僕はこういう方が、わざわざ足を運んで見るっていう気がしてて、いいような気がしますけどね。

●山口:では、次に中島信也さんです。私、中島さんのお名前よりも、その作品の方をファンで知っていました。是非今日は、いろいろ話して下さい。よろしくお願いします。

●中島:今日は2人のタレントさんに囲まれて、だいたい、なんで僕がここにいるのかっていうのは、謎に包まれているんだけど。僕の場合は、完璧に本職は、CMディレクターという事で広告の仕事をやっている訳ですね。映画も一本撮りましたけど、あれも、映画の形を借りた実は、広告になってたりして。だから今日のお二方とは違って、アーティストじゃないというところなんですけど。だから、完全に、作る最初の意志っていうものは、僕の中にはなくて、どっかよそですね。スポンサーの人とか、ある企業であったりとか、そういう人達が作ろうとした時に、僕が入っていくんですね。そういう出方なので、今日いっぱい持って来てますけど、はっきり言ってメチャクチャですね。やってる事がね。ただ、僕は、CMだから、自分のなんていうのかな、CMディレクターもいろいろな人がいて、結構自分の特徴がはっきりしている人とかもいるんですけど、僕の場合はもう、全神経をその一本の広告に捧げているんで、特徴というか、その広告の為の事だけを考えて作っていますから、自分がいったいどこにあるのかっていうのは、ハッキリ言ってよく分からないんですけどね。ただ15年やってるんで、最近なんとなく分かってきた事があって、それで、もしかしたら、俺はギャグかなぁって感じがしてるんですけどね。それ最近分かったって日比野さんに言ったらね、「知らなかったの」って言われて、結構ショックを受けたんですけど。で、コマーシャルの究極の目的っていうのは、もう一つしかなくて、もうこれはコミニュケーションなんですね。僕の場合は、テレビのブラウン管を通 したコミニュケーションで、どうやってコミニュケートしていくのかっていうところに、いろいろな技術を総動員して、CGを使う時もあれば、撮影する時にいろいろ工夫したりとか、あと、言葉の事を考えたりもしますね。そのコミニュケーションの為に、いろんな映像のトライアルをして。今日タナカさんなんかものすごく、僕15年やってんのにもうそれを、すぐに飛び越えるぐらいのクオリティのを作ったけど、やっぱアーティストってすごいなぁと思いましたけど、もうはっきり言ってタナカさんには、絶対出来ないようなコテコテなもんも僕も作ってますので、そこら辺がやっぱり、俺はプロかもしらんなぁと思いますけどね。タナカさんには、このひどいのを作れって言うたら、やっぱりアーティストは作らないみたいな感じですから。この前もなんか、一個断ったみたいだし。「これは僕じゃないな」って言ってみたいんですけどね、僕もね。なかなか言えないと。(映 像)
コミニュケーション、映像でのコミニュケーション、いろんな広告のコミニュケーションの仕方あるんですけど、一番難しいのはね、格好いいなとか、なんか心に響くなぁとかいう道は、避けて通 ってるきらいいがありますね。どっちかいうと、笑かして何とかするという感じで、愛を持った広告作りをやってますけど。タナカさんは、そこの一番難しいとこに踏み込んではって、結構すごいですよ。

●山口:中島さんのCM、あえて作品と呼ばせていただきますけども。やっぱ、CGとアニメとロゴの扱い方がうまいと、3つぐらいに分けられるんじゃないかなと拝見してて思ったんですけど、CGなんかの場合は、あの短さで、あのクオリティで、スタッフってどのくらいいらっしゃるんですか。

●中島:実際に作業してくれる人は、一人か、二人ですよ。うちの会社にCGの部門があって、割と近いところでコミニュケーション出来るんで、一回で上がってくるんじゃなくて、やり直しが結構あるんですけど、そういう、いいコミニュケーション出来るスタッフに、本当に恵まれてるというか、すごく助かっているんですけどね。

●山口:つまり、中島さんの頭の中の事も、分かってくれる人っていう事ですね。

● 中島:そうですね、もう顔見ただけで、「よろしく」で終わってしまうんですね。頼んだよって。そっから、何かを作り始めないとね、話がスタートしないんで、あーだこーだと言って作ってる。まず作って見て、そっから話をスタートするという感じですね。

●山口:なるほどね。でも、そんなふうに聞いちゃうと、テクノロジーの進歩っていうのは、そういうところまできてるんだなぁって。昨日も実は、そういうセッションの話があったんですけども。それはまた、ひととおり拝見してから、その話も聞いてみたいと思います。じゃタナカさんの。

●タナカ:ちょっとだけ、前ふりだけ話しますと、つい最近なんですよ僕、映像やり始めたのっていうのが。高校時代にそれこそ、8ミリのフィルムいじったりとか、そういう事はやってた事はあったりとか。あとは、自分で展覧会やる時に、ちょっと映像的なものが、紛れ込んでるっていう感じの事ぐらいの事は、自分でやってたんですけれども、映像ってすごいお金がかかるじゃないですか。作るのに。最初になんかお金がかかる事で、やるためには、会社に入んなきゃいけなかったりとか、いろんな事があるんですよね。そんなような形で、助監督やったりとかしながらとか、アシスタントディレクターがやるのかな、みたいなこともあったんですね。自分は、そういう事じゃなくて、とりあえずお金がなくても、時間があってもなくても、とにかくクリエイティブしていくっていうか、ある意味で何か表現していくっていう事に関わってた時に、映像表現というのは、ほっといたんですね。お金を集めてきて、それから作ろうと思っている事をやっている時間があったら、少しでも自分の好きな絵を描いていくとか、そんな様な形でやってて、そういうところからやり出したんですけれど。それから先が、日比野さんなんかもそうなんですけども、僕らの不思議なところで、例えば、自分が何かこう、イメージしたりとか発想したりとか、なんかアイディアがあったりとか、何か伝えたいものがあったりとか、強烈に感じたものみたいなのがあった時に、その事を何か表現しようという事する訳ですね。それでそれを、定着というか表現して、発表して、流通 していったりするんでしょうけれども、その最初のなんか突き動かされて、何かしたい、何かこういうイメージがあるみたいな形の事をやる。それが大事なことで、それを今度何で表現するかっていうのが、以外とこだわってないですね。その事が一番重要で、そこから例えば、絵にそのままいく事もあるし、それがオブジェとか彫刻みたいな事もあるし、空間表現としては、インスタレーションみたいな形になったりとかする訳です。それが、印刷というイメージになったりとか、映像という形になったりする訳ですね。だから、比較的何でもやりたくて、自分はやってた訳じゃ全然ないんだけど、いろんな事をやってしまったと。それは、その時その時に、なんか頭をフル回転させて考えてる。

例えば、この空間の中で、何か表現をしようという事をここに立った時に、すごく何かやりたくなった時に、例えば、いつも私は絵を描いてるからここに壁画を描きますって言ったって、壁面 ないんですよね、柱ばっかりだったりして.。それはあえて、おもしろくてやるっていうのもあるし、じゃここだったら、もう本当にこれは映像の方がおもしろいだろうとか、逆に人が来た時に、びっくりするようなパフォーマンスの方がいいじゃないかみたいな形のことっていうの。だから最初に方法論から自分の発想を限定するというよりは、自分のやりたいイメージの事を優先して、そこから、方法論とメディアを選択するっていうやり方をやってたんです。そういう形にすると、空間の事を覚えたりとか、こういう建築的な事も覚えたりとかしてたんですね。

そんなような形で、いろいろと自分が活動していた時に、映像表現に一番きっかけだったのが、ピータ・グリーナウェイっていうイギリス人の映画監督がいるんですけど、日本で去年公開された「枕草子」っていう、ザ・ピロー・ブックっていう映画があったんですね。僕は、彼が映画を制作する際に、今までヨーロッパの連中がそのクリエイティブチームにいたんですけど、また、ビーツスタッフとして、日本人も加えたいということで、アートディレクターとして、未来の部分に、僕がアートディレクターとして関わるっていう形になったんです。それは彼が、そういう事、こういうプランがあるんだけれど、タナカはそういう事に共感してくれるかということで、僕もピ−タの映画がすごい好きだったんで、じゃぁ是非一緒にやりましょうという話になってやったんです。それで、京都に行ったりとか、香港に行ったりとか、一ヶ月間映画の現場で、ピータの映画っていうのは、ほとんど、美術をなんかこう、図面 で描いてセットを作るという形ではなくて、そういうクリエイティビリティを持ってる人間が、その場から、その場でドンドン変えちゃうんですね。だから、予定通 り作ってセットとかもあっても、「なんかちょっと違うなぁ」とかいうと、床を真っ赤に塗り替えるとか、そういう事をその場でやる訳ですよ。アクションっていうそのシューティングの前に、なんか退屈だなぁとか言ってさ、じゃここで花でも敷くかみたいな形とか、言ってることがメチャクチャだとかいうよりは、よりベストな方法だったらいいんじゃないかっていう事で、もうその場でゴミ箱からゴミを拾って、インスタレーションする事とか、そういう事もやったりとかね。そういう、クリエイティビリティの高い、コミニュケーションみたいな事が出来る人達集めて、ヨーロッパだから、ハリウッド映画とは違って、予算もないところで何か作っちゃうみたいな形なんですね。でも、だいたいの人は、こんな混乱した現場はイヤだとか言うんですけど、僕の場合は、すごく勉強になったんです。すごいおもしろかった。それで、一つだけその時に、俺は、ビーツで参加するのもあれだけど、やっぱり、なんか自分で映像もやってみたいなぁっていう事を、だんだんそういう事でやってる内に思って、それでその時に、でもやっぱり映像にはそういう、やり方があるんだろうなって思って、そういう助監督になったりとか、そういう事をしながら監督になっていくんだろうなと思って、ピーターといろいろ話してる時に、お互いにスケッチするときに、彼がこうやって話すんですね。彼はスケッチとか描かないんですよ。タナカこんな感じだとか言って、詩のような表現を言うわけですね。ほとんどポエムなんですよ。役者にもポエムしか言わないんですよね。詩みたいな事を言うと、なんかエキストラの、日本人の人なんかとも話したりとかしてると、「タナカさん分かります、あれ」「いや、何やれって言ってるんでしょうか」というような感じの事しか。ビーツなんかに関してもそういう感じなんですね。でも僕は、そういうのが結構おもしろくて、自分でバーッと描いたりとかすると、「あーこれなんだ。」みたいな感じで、彼とはお話してて、その時にいろいろと映画の進め方を見ると、いわゆる絵コンテっていう、皆さん知っている人もいるかもしれないんですけれど、いわゆる台本に添った一つの、漫画の4コマみたいな感じの事を描きながら、ビジュアルイメージを進めていく絵コンテみたいなっていうのは、映像の時にだいたい作るんですよ。そういうのがないとカメラの人が、どうやって撮っていいんですかとか、例えば、ビーツの人はどうしたらいいんですか、みたいな事があるから、共通 のビジュアルと言葉のワークシートみたいな感じになっているんですけど、ピータはそういうのを一切描かないですよ。それで、絵コンテとかそういうシナリオとか、そういう事がなくても作れるんだという事を僕の方が思って、それがすごい勇気になってですね、帰ってその撮影が終わって、一応ビーツで参加したんですけど、とにかくやりたくなって、結局最初にビーツ、あっビーツじゃなくて、NHKのBSのテレビで、だいたいよくあるのは、ほら、日曜美術館みたいな感じのあれで、タナカノリユキの特集みたいな形の事をやろうという事で来たんですよ。そん時ね僕ね、話をひっくり返してたんですね。例えばインタビュー受けて、僕の作品の今までのやつをこう撮って、カメラのとか、テレビのクルーの人が来て、タナカさん何考えてるんですかみたいなことで、いわゆる美の世界みたいな感じでしゃべる話だと、なんかおもしろくないなぁと思ってて、その予算を、番組作る予算をオーバーしないんで、こちらで全部撮ったり編集させたりする事をやらせてもらえませんかって言って。それだったらこれ、受けてもいいやって話にしたんです。そしたらむこうも、どうせプロダクションにあげちゃうんで、じゃぁその通 り、ちゃんと時間通りに作ってくれればいいですよっていう事で、その人も結構冒険だと思うんですけど、それでとりあえずやってみようということで、いわゆる、中島さんなんかよくご存じなんですけれど、制作とかですね、プロデューサとか一切いない。知り合いのカメラマンに電話したりとか、若い子集めたりしながらもう、みんなどうやって作るんだろうみたいな事から初めて、オフラインも知らなかったんで、いわゆる16ミリの編集機買って、そこをスプライトでピタピタくっけたりする事をやったんですね。それが、今から見るとすごいメチャクチャな、なんてのかな、映像日記みたいな感じの事を、まぁやって、NHKの衛星放送だって結構自由もきいたんですけども、ディレクターの人が、こんなのよくテレビで流してくれたみたいな事で喜んでくれたんですけど、自分では映像的には、なんかすごいボロボロな事で、それで、そっからね、なんかおもしろくなったんですね。そうすると不思議と知り合いのミュージシャンとかが、そういうの見てて、タナカさんこういうの、僕の作品とか知ってたりとか、今度やろうよみたいな事を言ってたのが、映像もやるんだったら、ビデオクリップ撮ってよ、みたいな話から。(映 像)

●タナカ:最後のやつが、最初の僕のビデオクリップを作ったやつがこういう感じにやってたんですよ。これは、もうほとんど3時間ぐらいでしか作ってなくて、予算もないから、とりあえずイベント用に作ろうみたいな感じでやったんです。2番目にやったルネッサンスジェネレーションっていうのは、金沢の金沢工業大学が、市民講座みたいな感じでやっているという事で、僕が、アートとサイエンスと、テクノロジーの、そういう、融合するこれからの出来事を、シンポジウムなんか通 してやりましょうみたいな感じの、それのオープニングタイトルで、どっちかっていうとケンシに近いような形のことをやってたりとかしてたんですよね。あの最後みたいなやつを。そしたらそういうので、アメリカのワイルドアンドケネディっていう「NIKE」をやっている、クリエイティブグループが、あのタナカ、おもしろいから、「NIKE」っていうのをやってみないかって話。それはでも、すぐにやらせてくれるのではなくて、コンペだったんですけど、コンペの色物として参加して、比較的広告関係の人とか、ゲームのデザインをやっている人達もいたんですけど、そういうカルチャーで、今までとはちょっと違う形で、役割として、自分がある種のカンフル剤みたいな形で何か出来る立場でもいるし、そういうこと以外に、他にやろうとしても出来ないこともいっぱいあるんで、自分で何か出していく事のプランっていうものも、だいたいそういうのにしちゃってるんですよ。「NIKE」はそういうのを受け取ってくれて、僕はその、タブーとイリーガルとマイノリティという、なんかすごい、広告ではあまり言わないような事やって、そのマイノリティーのプランが、あの彼らの中で非常におもしろいという事で、これはアートディレクションでやってて、それで尾崎さんていう、先程の盲目の人が、盲目の幅跳びの選手の人だったんですけど。

●山口:「NIKE」のCMって、タナカさんのお仕事だって、知らない人の方が多かったかもしれないですね。

●タナカ: 単にケンシの時みたいに、ノリで作るのとは違って、今の世の中みたいなことも結構自分の中で考えたりとかして、あれは比較的CFって事じゃなくて、ちょっとパラリンピックとオリンピックが、ユニフォーム一緒にするかしないかみたいな、そういうくだらない話みたいなものも、一時期流れた事もあって、あの周辺の話として、いろいろとおもしろい出来事っていうか、いい形にね。結局、パラリンピックのことが、もうちょっと認知されていったりとかっていう事にもなったんです。そういう事で、最近またちょっと、もう一本作ったのがあります。それは、一昨日編集し終わって、「ラルカンシェル」っていうバンドなんですけど。これもまた、やっていくとね、たまになんですよ、中島さんみたいにね、もうね、バンバン撮っていくって形じゃなくて、僕は、たまに映像にチョロチョロっと関わっているという感じなんですけど。その「ラルカンシェル」っていうバンドがいまして、その彼らが「ハート」っていうアルバムを出すんですけど、これが結構おもしろくて、一緒にキングソニーのディレクターの人と話してて、彼らが一切出なくてもいいし、彼らの音を使わなくてもいいと。普通 、音楽ものというと、必ずミュージシャンの顔が出たり、音を使ったりするんですけど、そうじゃなくって「ハート」っていう彼らのタイトルを、ビジュアルコミニュケーションとして、タナカさんがどういうふに表現するかっていうことでのコラボレーションにしましょうみたいな話になって、1回目に「虹」っていうのを彼らが、それで、イギリスの「トマト」っていう音楽と、やっぱり映像のグループがいるんですけど、その彼らがやって、2回目がその僕がやるっていう形で、これがまた、さっきの「NIKE」もそうなんですけど、放送しないって事をテレビ局が言い出したそうです。盲目っていう言葉があったからダメだって話になって、もうみんなで作ったんだけど、何でなんだって言って。僕らすごい人だって言って応援してるんだけど、でもテレビは盲目って言葉自体、怖くて使えないみたいな形で、高度視覚障害者にしたら流してもいい、なんてこと言ったりですね、すごい事になったりして。

結局、最終的に流したら、そういうことを超えた、ちゃんとしたビジュアルコミニュケーションになってたんで、良かったんですけど。この「ラルカンシェル」のやつも結局、テレビ局から言われて、これを流すとちょっと、と言われて、理由にないんですよ。何かエモーションみたいなものに、引っかかってしまったという事で。 それで一応4本持ってきたんです。4本のうちの、実は1本だけ流すのが決まってて、僕がそれを決めたんですけど、僕作るときに、言葉でやるよりは、とりあえず4本作って良いのを見て、それで決めようみたいな形の編集のやり方するんで、一応その4本を流します。どれが流れるかは皆さん見たときに、タナカこれ選んだなぁって感じになると思うんですけど。じゃ、お願いします。(映像)

●山口:今日のタイトルは「コマーシャルフィルムとアート」ってタイトルは一応ついているんですけど、昨日のセッション、今日の前半のセッションとかで、だいたい話しが出たんですけども、やっぱりテクノロジーが進んでいて、金沢っていうのは、学校も多いですし、そういう先端産業もいっぱいあるわけですよね。もうかなり個人のところで、表現したいって事だけあれば、昔はお金をかけなきゃ出来なかったような事が、出来るようになってきたという話が出ていて、やっぱり世界水準なんだろうと、世界レベルの事をやっていれば、見る人が見て、認めてくれるだろうという話が出ていたんですよ。それでまず、中島さんに振りたいんですけど、すごくお仕事をたくさんしておられて、海外にもよく行かれるんで、日本でやる、やって何か、いつもやるやり方と全然違うやり方で、海外でそういう仕事をしたっていうような、おもしろいエピソードがあったら、お話していただけませんか。

●中島:僕の場合は、本当に昔コカコーラって仕事をやってて、外国でね、撮るって事からスタートしたんですけど。シュワちゃんとかの仕事で行くことが多くて、普通 ね、外国のロケってのは、外国の風景とか撮りに行ったりするんですけど、僕の場合はタレントの都合で、向こうでやるって事になって、コカコーラの時ずっとやって思ったんだけど、やっぱり、仕事をしていく上で、自分の考えを、どれだけはっきりさせていられるかってところが、ものすごく問いかけられるんですね。役者さんとかに、何テイクも撮るんだけど、日本の場合は、「まっ、良いんだけどもう一回やってみよう」とか、そんな感じなんだけれども、必ずスタッフとかに納得させるという意味では、何がいけなかったというのをはっきりさせていく。1カット1カットで、何かが違うなぁと思ったときは、今ちょっと目が小さく開いてたとか、ウソをついたりいろいろするんですけど、必ず理由をドンドンつけていくという感じで演出的には、そういうふうな事が大きく違うんだけど、あとは、やっぱり映画の国ですから、僕ハリウッドが多いんですけれど、システムが全然、今は最近日本もだいぶ近づいて来たんですけれど、撮影っていう事が社会的にが認められているんですよね。警察まで動員して現場を守っていくというようなところがあって、そこがものすごく仕事がやりやすくて、まずスタッフが行ってやることっていったら、事務所が出来るんですね、1個ね。事務所でそこで、連絡事務が出来て、そしてスタッフの居場所が、クルーの居場所が出来て。たぶん戦争とかもあーいうふうに、快適にやってるんじゃないかなと思ったんですね.。とにかく、快適に物事進めないと気が済まないというのがすごくありまして、ものすごく豊かだなぁと思いましたけどね。たまたま、世界水準ということになったとは思うんですけども、そういうシステムの違いとかを越えて、分かるアイディアていうか、見てて分かるていうものは、結局世界の人達も分かるっていうところがありまして、日本のコマーシャルはすごく特殊なんですけれど、日清のカップヌードルなんかも、世界各国どこ行ってもおもしろがってくれたりするんですけど、それはでも、日本の主流のコマーシャルじゃないんでね。やっぱりキムタクとか出た方がいいんで、データが出るんですよ、人気投票とか。そうすると、ああいうたぐいのものっていうのは、すごくコミニュケーション出来るんだけど、上の方にいかなかったりして。だから、アイディア。すごく大事なのは、アイディアの部分がしっかりして、日本の広告って、アイディアがあるようでないのが多いですからね、ほとんどアイディアがないんですよね。誰かが出てて何とかって感じなんで。そこら辺のところで、アイディアって大事だなぁっていうふうな事を、行き来するうちに、アイディアっていうのは、絶対に世界共通 の、ビジュアルなアイデアなんですけど、ビジュアルにしてもストーリーのアイディアでもそうなんですけど、アイディアが世界の共通 の言語なんだなぁっていうふうに思っていましたね。

●山口:中島さんは、絵コンテ描くんですか。

●中島:描きますよ。もう細かいもの書きますね。でも、あんまり上手じゃないです絵は。1秒って、24コマ、フィルムだったら24コマなんですけど、テレビって30コマなんですけど、だいたい30コマをどういうふうにいじくるかっていうところを、全部計算して現場に臨んで、計算外のところが出てきて、そっちをやるって感じですよね。

●山口:日比野さんなんか、個性っていうふうにすごくおっしゃてるけど、それを必ず、他とは絶対違うぞっていうのを出していく、そのラインみたいなのやっぱり。

●中島:そうですね、だからタナカみたいなのはやらないって事で。僕は、お茶の間に愛をっていうふうに思ってますから。タナカさんのドキッするようなやつっていうのは、自分でなかなか、たぶん上手に出来ないなーって感じで、そこはすごく鈍器な様な物で殴る方ですね、もう結構鋭利な刃物みたいなCMでしたもんね、タナカさんのやつは。

●山口:「枕草子」の話なんですけど、「枕草子」をご覧になっている人もいっぱいいると思うんですけど、タナカさんの部分ていうのは、香港の撮影があったりなんですかあれ。

●タナカ:車にペインティングしたりとか、なんかあとビーツの人って以外と、自分でペインティングしたりすると、絵ってほら確実にオリジナリティとして見るじゃないですか。あとは、そういうことと、それとは別 に自分の資質をいろんなところに展開していくと、やっぱ、セットなんかになってくると、自分の作品っていう形の、例えば、ペインティングみたいなものとか、そういう事よりは、自分がなんか培ってきた能力というか、資質を、提供するみたいな感じですよね。だから、どこまでやったかっていうと、そういうのって、比較的分かりやすいのは、そういう、自分がペインティングした部分とか、何かをオブジェクトとして作ったものはあるんですけど、空間に関してはやっぱり、オランダのビーツの連中なんかと、一緒にこう、話しながらやっていく形です。だから、自分の作品がってことが、フルに出たときには自分では出すし、それが無理してね、自分のエゴでなんか出たときに、有効ではないと思った時は、逆にそれを無理して出すことよりは、何かねらいに対して、自分では最大にやってくという形だから、どこまでやったかていうと、現場にいないと分からないみたいなところもありますね。いくつか分かりやすいものもありますけど。

●山口:でも、さっき、イメージからスタートしてっていうふうにおっしゃってたし、方法論じゃなくて、やりたいことがあったらやるっていうような事で、そういう意味でいうと、日比野さんの今までの仕事なんていうのは本当に、何て言うんでしょう、大衆の指示っていったら変なんですけれど、アートの世界でちゃんと認められていって、なおかつファンが、多くのファンがついてきてるていうのは、すごくこれから大事な事だと思うんですね。何をこれから、例えば、日比野さんなんかが、どういうことで展開、表現する方法は何でもいいわけですから、やってみたい、これからいろんなものを今度、道具としてある訳だから、やってみたいとか、そういうのはあるんですか、CGもそうですけど。

 
  日比野:タナカさんも言ってたように、別に方法論はこだわらない。やりたいってその気持ちがあれば、別 にメディアにこだわらない。信也さんのフィルムを、いっぱい今日まとめて、初めてこれだけの量 を見させてもらいましたけども、当然CFディレクターですから、いろんなクライアントによって、方法論ていうか表し方あるじゃないですか。例えば、CCレモンのアニメーション的なものとかね、ハングリーの日清カップヌードルとか、例えば、ソニーのレベッカやってるやつとかっていうのは、その時、その時の、1991年の春とかね、1995年の秋口とかね、その時にこう、ありきっていうものだと思うんですよね。CCレモンを信也さんの作品とは思わずに、パッとテレビ見たとき、もう狙ってるなと思ったわけ。本当に。いわゆるCCレモンという商品と、誰に、どういうふうに売るかって、すごいピンポイント的に、もうシャッと切ってるじゃないですか。それが例えば、初めて見たのがいつだったか忘れたけれども、半年ずれてたら、どんな印象をお茶の間の人達はうけてたかっていうと、やっぱりピントが合わなかったかも知れない。で、信也さん例えばね、当然制作には時間がかかる訳だから、ちょい先読んで、けど、行き過ぎちゃうとついてこないし、ちょっとでも遅れると肩すかし食らっちゃうし、ありとあらゆるデータとか、数やればやるほど良いもの出来ると思うんですよ。信也さんの仕事なんていうのは、打率がドンドン上がっていく。そういう意味では、方法論ていうんですかね。やはりCFっていう一つの畑の中で、信也さん仕事しているけども、別 に例えば、信也さんはタナカ君的な事はやらないなぁて言ってるけども、それがやれる、やるときゃくると思うけど。これ、今いったらいけるぞと。例えば、98年の春には、タナカノリユキ的なやり方っていうのは、今の例えばすごく音楽的にね、格好いいな、「NIKE」のコマーシャル格好いいなっていう時代が、今あるけれども、それが何年かしたら信也さんが「あれ、使えるな」っていう時は、CCレモン的な切り口でやるときは絶対あると思うし、やっぱりクリエーターたちっていうのは、さっきも言ったけど反射神経とか、状況判断とか、自分のトータルなデザイン、一人でやってる訳じゃないしコミニュケーションなわけだから、自分が、表現者がいて、受け手がいて、それのやりとりですからね。それの総括的なものを360度全部レーダー感覚あって、自分の表現方法、ポジションとか言いたい事とか、間とかタイミングをやってる。必ずこれをやんなきゃ自分じゃないっていう、そこにこだわりの部分っていうのは、自分の中にはあるわけども、そこにしがみついている訳ではなくって、それさえあれば、本当に、あとはトータル的なバランス感覚があれば、方法論は当然選ばないだろうし、どの時代にも適応するっていうのかな、自分の言いたいことを、伝えられるんじゃないかと。 タナカ:今、日比野さんが言ってた、中島さんの話って、なんかある種の事件を起こしたいみたいなところもあると思うんですよ。だから今が旬だって話してたのと、僕が、別 に旬ではないかもしれないけれど、何か事件を起こしてみたいとか、日比野さんがやっぱりこういうのをね、例えば今までとは違ったメディアをやっていくっていう、ただ作るとさ、作れちゃうとこもあるんだけど、それプラス事件みたいなものってのが、あるんじゃないかなって気がするのね。それが今、これが旬だっていう形でやっている事なのかもしれないし、人それぞれなんだろうけど、自分の中で、事件を作っていきたいみたいなのってあるような気がしますけどね。

●中島:そうですね、オリジナリティってほどじゃないんだけど、人がなんかやっているとかいう感じのはやりたくないなと思って。で、「NIKE」みたいなのっていっぱいあるんだけど、やっぱ「NIKE」みたいなのは、「NIKE」がやったほうがいいと思って。僕もすっごくやりたいんだけど。コテコテに売るやつで、みんなで履こうよみたいな感じで、エアも入っているのをやりたいけれど、誰も買ってくれないだろう。クライアントが多分、許してくれないと思うんだけど、ザ・ジャパニーズ「NIKE」やりたいですけどね。僕にとっての「NIKE」のもったいぶらない、売りまくりみたいなやつ、やりたいなとか思うんだけど。とにかく今、タナカさんはもう、本物やっちゃってるんだから、本物はやっぱりあってね、それにアディダスとかが、一生懸命「NIKE」に刺激受けてCMとか作るけど、やっぱりそれは、あんまりきれいじゃなくてアディダスだったらもう、全然違う切り口をやった方がいいっていう、そういうあたりのコントラストの付け方っていうのは、作るときに意識しますね。広告会社の人が考えてきた企画とかっていうのは割と、「今、あのCM流行ってるから、あんな感じで頼むよ」っていう発注があったりするんですけど、「それは、真似になるからあきまへん」と。だから、別 に真似しても良いっていうメディアなんですけど、僕個人としては、「今、これがよろしいちゃいますかね」っていう感じで、進めていってるっていうところがあって、日比野さん言ってくれたみたいに、鋭く一歩先を読むって事は、そんな偉そうなもんじゃないですよ。生理でね、生理でこんな感じかなっていうのは出てますけどね。

●山口:中島さんは、時代の空気みたいなのを受ける、例えば、あって思うのはどういう瞬間なんですか。

●中島:ラーメン食べてるときに、テレビに流れてるコマーシャル見てね、だいたい感じますよ。僕、ほとんど見ないんですよ、テレビは。でも、ラーメン屋さんとかについてるでしょ。なんか、めちゃめちゃ真剣な顔でクギづけになっているらしいんですよ。テレビがどっかについてたら、ものすごい顔で見てるらしいんですよ。ここで多分、何かを感じてるんじゃないかなていうふに思うんですけどね。いろんなメディアがあって、いろんなメディアの動めく中で、だいたい分かりますよね。朽ち果 てるという意味では、タナカさんとかね、羨ましいなと思う。物体が出来るでしょ。僕のものって、昔はフィルムで作ってたんですけど、今フィルムで撮影してもネガしか残んないですね。あとは全部デジタルで作業するんで、そのデジタルのデータっていうのは、20年で完全に磁気データだとなくなっちゃうんですね。だから、きちんとコピーを繰り返していく作業をしないと、昔作ったはずのものがこの世に存在しないと。俺やったと思うんだけど、あれありません、消えてますっていう。だから、昔のテレビ番組って、以外と見れないでしょ。残らないんですよ、磁気テープっていうのは。フィルムは残るんですよ、100年でも。そこがね、なかなか儚くて良いなと。でも、羨ましいのは、捨てるって言ってたけど、やっぱりモノ、持てる物があるじゃない。それは、羨ましいですよね。そこがね、なかなか儚い仕事です、このテレビの。テレビだけやってるとね。映画ってのは残るからね。

●山口:映画をおやりになる予定はないんですか。

●中島:もうバリバリにやりたいですけどね。結構良いの出来んのちゃうかなという感じしてるんですけどね。でも、何やりたいのか分からないですけど、なんかいいの出来そうやなぁて感じはあるんですけどね。映画も難しいですね。映画を取り巻く環境が難しいですね。テレビなんかもう、茶の間にバーっと行けるんですけどね、線がついてるから。映画館に行くという、行為というものが、相当大変な行為なんで、その商売にしていくところが、すごく難しいと思いますね。

●山口:さっき、始まる前にうかがったんですけど、タナカさんのCM、「ラルカンシェル」のありましたよね。それが上映というか、やるのにちょっと問題があって、それはさっきの事件っていうか、起こすっていうか、それもあると思うんですけど、私が見ても全然危ないとか、そういう風に思わないんですけど、なんでだと思いますか。

●タナカ:多分、エモーションなところに引っかかったんでしょうね。僕はだから、ルールを壊しているつもりも全然ないし、例えば、嫌なモノを作ろうと思ってるんじゃなくて、さっき言った、ビジュアルコミニュケーション、僕はそれをやりたいんですよ。だからなるべく言葉がなくて、音と映像だけで、世界中の人が通 じられるみたいな、もしくは何か分かる、感じるっていうことを、映像でやりたくて、だから演出ってあんまりやらないんですよね。俳優がしゃべるとか、そういうのは多分やらないんじゃないかなと。映画を、もし仮に自分がやったとしても、そういう、非常に感覚的な感じにしていこうと思うんですけど。そういった意味で例えば、血が出るとか、例えばさっきの話だと、ヌードになってるとかだったら、引っかかるのは分かるんですけど。いや、僕にも分かんなかったですよ。でも日本って多分、非常にテレビ局の方が、この映像を流すってかって時に、いわゆる自主規制という、いかにも自分たちは映像のことを分かっていますよ、みたいな形で選別 してる。だから、僕すごい分かんなかった。だから、盲目っていう事の次にこれを流した時も、やっぱり問題になりそうだっていうことでね、でも、誰でも出来る行為じゃないですか。あの口の中に手を入れるって事は誰でも出来る行為なんで、ただそういう誰でも出来る行為の中に、いろんなものを感じるって。

●日比野:エイリアンが出てくるのかもしれないし、信也さんも今、生理的に判断してるって言ったし、映像とかも、表現ってのは、生理にちょっとさわってくるっていうね、生理をあんまりさらけ出すんじゃなくって、見せるんじゃなくって、ちょっと生理的なとこを、さわってくれるっていうところが引きつけられるとこだと思う。さっきのタナカさんのCMで問題になったっていうのは、ギリギリのとこだと思うんですよ。パっと見たときに、映像というものを作品として見ると人と、例えばね、お茶の間で情報として見る人の中で、きっと一人ぐらいはあの映像を見て、おっとくる人は絶対いるよね。

●タナカ:まぁないとは言えない。

●日比野:それをいわゆる、テレビは、流すのを怖がっている訳でしょ。

●タナカ:いや分かんない。それはね、決められないと思いますよ。非常にコンサブティブな状況で、そう思ってる人がいっぱいいるのか、僕知らないんですよ。誰がそういう事で、テレビ局判断するかって。その部署の一担当者の人が、上から突っ込まれた時に、例えば、言い訳が出来ないからとかさ、そんな簡単な理由なのかもしれないし。ただ、僕はね、その事があったときに、これは流したら多分何か、みんなそういう言葉を超えた、何か感じるものってのは出せるなって気はしたんで、それでいいやって思ったんですけどね。

●日比野:信也さんの日清のやつでさ、あの動物の上に人間がわーって。 あれって、流れた。

●中島:あれはね、6日間だけ流れて、苦情が殺到して。とにかくね、気持ち悪いって言うんですよ。それで、気持ち悪いってどういう事なのか、よく分からなかったんだけど。で、あっと目を覆うってしまうと。ああいうのはもう、見たくないと思って、もう一回ブラウン管の方を見ると、最後に人が一人落ちますよね。あれがですね、ウンコしたと。もう絶対だめだっていうふうに、投書がね、日清の方に行きまして、温かいお便りが。それでこれはやめようということになって、なんかね、そういう投書ってすごいこと書いて来るんですよ。本当に脅迫文みたいな。そういうのが出てくるのを、テレビ局も嫌がるしというのもある。でも流れましたけどね。

●日比野:ババっと降って、人間がバーッと散らばって、ドンドンドンってやるときに、やっぱり見てると、あっ人間踏んづけてるかなと思って。足元見るよね。で、うまいことよけて歩いたでしょう。ああゆうところが、なんかドキッとするね。まともに、他のお父さんシリーズみたいに、ガーンと踏まれるのは、全然へっちゃらなんだけれども。

●中島:危ないって。

●日比野:危ないっていうところっていうのは。

●中島:その辺はね、本当にあのシリーズも、そういう危ないところ、ちょっとギリギリのところが結構あって、人がどんだけやられるかっていうところでね、何度か、何作か、結構自分達の中で、ここまではやり過ぎかなっていうのは、一応コントロールしてたりもしてたんだけど。嫌いな人が増えすぎたらダメなんで、そういう風なことは思ってやったりしてましたけどね。それでも外人とかっていうのは、結構好きですよね。あの残酷やったり生理的なものとか、すごく。カンヌの広告祭に行っても、そういうものって響いてくれるっていうか、あと直接的にはね、もう血がでてたりとか。もっとひどい、メチャクチャなものもありますからね、世界の。

●日比野:ホラー映画にしてもね。

●中島:こんなのやんないでていうのはありますよ。公共広告ものでね。ずっと、本当の麻薬患者撮ってるとか、すごいもうきつくて、見てらんないていうのはありますよね。日本人はその辺やっぱり恐がりよ。

●山口:規制が何か、日本だけの基準みたいなのあるんですかね。

●中島:テレビ局で、その広告の放送の倫理っていうのは定めてますよね。あといくつか、全日本コマーシャル連盟とかその辺で、ろくなもんじゃないんですけど。

●日比野:ポケモンなんかにしても、ある日突然自主規制という名のもとで、なっちゃってて、例えば、2フレとね、3フレで1フレで色を編集するとどうなるかっていうのが、心理学とか、そういうとこでリサーチしてるというよりは、なんか、ああいう事件があったからとりあえずはね、自主規制しとこみたいな感じっていうかな。

●中島: 僕も、あれのあおりをくらって、でもあれ、やっぱり見ると気持ち悪いですけどね。あんまりよろしくないなーと思いましたけどね。デジタルドリームキッズて、僕ソニーのあれ作ってるんですよ。動くロゴ。あれが、そういうフレームで引っかかるっていうんで、今ちょっと改定して、少しソフトにしたり。でも僕は、だいたいフレームとフレームのコントラストで、すごく好きで、このフィルム見てると分かる、すごくスピード感あるじゃないですか。これ、なんでスピード感あるっていったら、1秒、1秒って単位 で考えられてないんです。1フレごとに違う絵が入っているからすごいスピ−ドがあって、1秒の内に30コマテレビの方へ流れるんですけど、その1フレ1フレいじくるのがものすごく好きで、30コマも、もうちょっと厳密にいうと、その1コマの内にフィールドっていうのは2つあって、60個絵が入ってるんですね。そういうのがね、いじくんのがすごく、ビジュアルとして、1.5秒の中でなんか伝えられるものがすごく強くあって、結構好きで、割とポケモンものいっぱい作ってたんですよね。

●タナカ:そういうのは、テレビで流すっていうことであると、たぶんブロードキャスティングとしての、責任みたいなものもあると思うんですけど、例えばね、どこかの展覧会場とか、クラブイベントとか、そういうとこでやっていくと、そういうところでの映像文化っていうのも、また、逆流して、CFに影響与えたりとかする事ってのもあると思うしね。そういうとこでやっている人が、絵画なんかCFを、今撮ってたりなんかしますよね。

 
(セミナーでの発言から一部を抜粋して掲載しています)
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