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セミナーA
「アートの場・リアルな場の創生、

 アートにとっての表現の空間と時間」


清水 博(金沢工業大学教授 場の研究所所長)
田浦律子(アーティスト)
コーディネーター:山口裕美(アートプロデューサー、現代美術ジャーナリスト)

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■SeminarA

田浦律子氏

●田甫:私は現在、パブリックの空間といいますか、パブリックの領域でア−トに何が出来るんだろうかということを追究しています。と言うとカッコイイのですが、新しい何か、アプロ−チを探しているという所です。キ−ワ−ドとしてはランドスケ−プ、コミニュティ−、そしてそれらの関係の中でのア−トの可能性を考えていきたいということです。これまでア−トは美術館であるとか、ギャラリ−といった限られた場所、その特定空間でのオ−ディエンスとの出会いだったと思うのですけれが、それを越えて、そこから出ていったア−トが、いったいどういうふうになっていくのかという所から、まず私の話は始まるわけです。最初にア−ティストになる時は、それまでと全然違うア−トの分野に入って行った時は何かよく分からないけれども、どうも素晴らしい自由な世界がある様だと、自分を表現し追究していける世界があるんじゃないかという、一種の幻想に似たような願望を抱いて始まったんです。そこからこの追究ということと周りとの関係性が開けてきたというか、どういう関係を持っているかがとても大切な問題であると、プライベ−トとパブリックという領海のお互いの関係性は、はっきりと分かれているのではなくて相互に影響しあっているところが、物理的な空間においても、あるいは心理的空間でも非常に起こっているということが、やっていく間に分かってきたなという感じです。これから七つぐらい作品のスライドを見ていただきます。
 


山口裕美氏

●山口:田甫さんスライドを見ながらちょっと乱入してもいいですか。

●田甫:どんどん質問してください。私はそういうの大好きですから。最初のものは随分昔、二十年ぐらい前の作品です。最初にア−トを始めたいと思ったきっかけは、60年代の風景の変化、田圃がなくなっていったりとか、そういう所に非常に拘りを持っていて、それが最初に出て来たものがこの作品です。それまでは西洋の伝統の中で、彫刻をするという場合には木を彫るとか大理石を彫るとかあるいは粘土で何かを造るという基本といわれるものがあって、そうではないものを何かやろうとすると非常に難しかった時代で、この藁を使って何か作品をつくりたいと美術館に提案をしたら、冗談だろうと、まず拒否されました。とりあえずいろんな交渉をしている間に限定した3m×3mの中だったらやってもいいということになって積み上げたものです。自分にとって藁ってどういう意味だったんだろうと考えると、作品をつくる材料というよりはその中に含まれている象徴的な部分、その裏に自分が見えている、見ている空間というか風景というものがすごく大切だったんだと。それから作品を終わった後でどうするかということになって、捨てることも出来なくて、人にあげることも出来なくて、どうしようか、もう燃やしてしまおう、誰にもあげたくない、これは私の物よという感じで、執念で燃やしてしまいました。二、三日燃え続けて、ちょっと無視できないぐらい山の様な灰が残って、何とかしなければいけないと責任を感じてそのまま灰を持って帰ったんです。灰を吊したりとか壁に貼ったり、部屋の中にいろんな形で保存していったのですが、スタジオにも置けなくなりました。もう切羽詰まって、この灰あるいは藁の最終的な行方はどこなんだろうと考えて、私は四国で生まれて育ったんですけれども、やはり川に流そうということにして、どれだけの灰があったのか確かめたいということもあり、お団子にしました。全部で何千個とあったんですが、これだけあったんだと自分で確認をしてダンボ−ルの箱に入れて送って、半分は川に流して、半分は川の中州に置いて、そこは海に近い河口で二日程すると潮の満ち引きがあってだんだん消えていきました。そういうことがあって、自分の中で執着していた何かを取り返したいという気持ちと、自分に何か出来るかということを考えると、これから自分でつくっていくしかないんじゃないかと。ではどういうふうにして風景というものが創造出来るだろうかというのが自分の一つの課題になったと思います。でもそんなに道は一直線に行かないものですから、アメリカに行って彫刻の勉強をしたり、いろいろあったんですけれども、なかなか核心に近づけないで、もどかしく思っていたんですけども、ちょうどアメリカに行ってから十年ぐらいたったときにチャンスがきました。これは日本の作品ですけども、那須にある五洋建設の技術研究所の建物の前に金属の彫刻か何かをつくってくれませんかという話でした。そこの研究は土と水が専門でしたので、私も大好きなので、では一緒に土で何かつくりましょうということでデザインすることになりました。普通 ののピラミッドの形でデコとボコ、ポジとネガが一体になっているもので、象徴的に言うと、自己を掘り下げていくことは、同時に自分の人格を更正していくのだというふうなカッコイイことを言って、(山口:めちゃカッコイイじゃないですか。)皆さんに納得していただきました。ピラミッドというのは建築なり彫刻の分野では非常に力の象徴であり、ここでも大きいピラミッドをつくろうと思えばつくれたのにそうはしなかった。

●山口:建設会社の人だから、そういう技術はもってるってことですよね。

 

田甫:そうですね。ダムを造ったりしている人たちだったので。でも、そんなことはしなくていいと、ヒュ−マンスケ−ルで、一人の心で働いている人達の為のピラミッドをたくさんつくりましょうということを基本にしました。次は、アトランタの外に向けてのイメ−ジを創った作品です。風と共に去りぬ 以外でアトランタがポピュラ−に知られているイメ−ジとしては、キング牧師の生家があって、両方とも夢に関係しているんですけども、違った夢の追求があると。これはマ−ガレットミッチェルが風と共に去りぬ という小説を書いたと言われているアパ−トなんですけども、ボロボロになっても建ってたんです。風と共に去りぬ の中に描かれているアフリカ系アメリカ人というか、いわゆる黒人の人達の反対がすごく強くて、ああいう物語は自分たちのイメ−ジとは違うのだということで、観光の資源としてはとても大切なんだけれども、それが私達だと思ってほしくないという意見対立があって、無くせはしないんですがちゃんと修理もされてないということで、非常に政治的なあるいは文化政治的な論争があったらしくて、行ったときは非常にボロボロな状況だったんです。そのアパートのオ−ナ−にお会いして何かやらせてくれないかとお話しましたら、とにかく建物にさわらなければ何をやっても構わないということで、じゃあ何か置くかもしれないけど触りませんということで始まりました。白黒社会の一つのシンボリックな場所だったんですけども当時、94年頃はいろんな国から移民の人たちが入っていて、もう白黒社会とはいえない、いろんな民族の人が集まってきている多民族の都市になっていたという背景があって、ここを新しい移民の人達の夢を脹ませるような風景に変えてみようという一つの試みでした。具体的には夢を集めてビニ−ルの手袋の約4万個の中に入れてアパートの上に吊すということでした。小さな紙に夢を書いてもらう。英語でなくても、自分の国の言葉で書いてもらっても構わない。集められた夢を手袋の中に入れて、その手袋に風船のように空気を入れて、夢を脹らませて屋根の上に乗せます。参加してくれた人達は、それまでこの家に対して、あることは知っていたけれども、あまり近いとは感じていなかった。だけど自分たちの夢がこんなに屋根の上に上がるなんてことは思ってもみなかったと。そういうふうになった時に、移民として来て、まだ馴染みがないところに自分の小さな夢あるいは大きな夢が乗せられた時、そこは自分の場所になっていくことが出来るという意味で、風景の見え方が変わって来るんじゃないか。そういうふうにしたかったのです。普通 はここでプロジェクトの話は終わるのですが、なかなか予定通りに物事は進まない。取り付けて2週間してから、フェスティバルがはじまってさらに2週間展示をしてから終わる予定だったのですけども、フェスティバルのオ−プニングの朝4時頃に火事になったと消防署から電話がありました。行った時にはもう消火されていましたが、消防士の方が私の所に来て「貴方があのア−ティストですか。燃えてしまって残念でしたが、でもこれだけは言っておきたい。すごく綺麗だった。手袋が炎と共に舞い上がっていって、夢を見ているような風景だった。思わず消火作業を止めてしまった」と。だから燃えたんじゃないかと思うのですけど。(笑)さきほどの灰の時も同じですが、予定通 りに行かない何か別の要素が入って来た時に一つのドラマが起こるということを非常に痛感しました。例えばこの場合、都市の中で特に火の管理はアメリカでは厳しいので、燃やしたいなどと言っても、始めから何も聞いてくれませんから、こういうふうに予定せずに燃えてしまったことは、最終的には良かったなと思ってます。参加してくれた人達は、火に対して否定的な考え方と肯定的な考え方が両方あるんですけど、やはりアメリカ人は火を非常に否定的な部分として、何かを破壊するものとして捉える。東洋の文化の中では、そうでなくて浄化するとか、火によってエネルギ−を与えていくという肯定的な考え方があるし、私の国では願い事をした後はちゃんと燃やして初めて叶うことになっているから、みんな叶うからいいんじゃないですかみたいな話をしたんですね。違う見方が出来るということのコミュニケ−ションが一つ出来て、とても良い機会になったと思いました。このアトランタのプロジェクトの手袋は約4万個あったんですが、集めた夢を結構読んだのですけども、私はこれからの新しい社会についてこう考えたというようなタイプの夢がたくさん集まるだろうと思っていましたが、お金が欲しいというのがものすごくたくさんありました。確かに素晴らしい夢、いわゆるこれからの建設的な、ある意味では今の社会の問題を裏返しに反映するような夢もたくさんあって感動したのですけど、お金が欲しいっていう夢も山の様にあって、(山口:日本人は皆そうですよ)日本の人は本当は思っていてもそういう時に書かないですよ。アメリカ人は正直なのかあるいはもっと文化的にお金について直接的に言うってことについてあまり引け目がないのか分かりませんけども。億万長者になりたいとか、宝くじに当たりたいとかいっぱいあって、読んでいるとうんざりして、私は一体何をやっているのだろうと思ったのですけど、自分の子供たちに良い教育を受けさせたいとか、家族の為に良い家を持ちたいとか、その理由というのが非常に人間的なものでした。確かにお金が無いと今の社会では何も出来ないという現状もあって、やっぱり夢とお金は一緒に無いと出来ていかないんだと痛感して、じゃあ、お金と一緒にパックしてやっていく必要があるのだということを思いました。

それで次のプロジェクト、サンフランシスコでは、まず夢を書いてもらって、土と(廃棄処分になって)切り刻んだドル札を混ぜて、水を加えてお団子を作って中に夢を入れました。そして種を入れたものをアルミホイ−ルで包んで、しばらく置いておくと夢がぐんぐん育つと、こういうことですね。このお金と夢のプロジェクトを通 じて、ビジネスの世界で、もう商品になってしまったお金と、個人の生活の中での自分の夢や自己実現のためのお金の在り方というものが非常に違うんだということを感じました。イギリスでもこういうのをやりませんかというお話があって、二つの都市でやりました。(略)それからマサチュ−セッツでも都市の風景を創るチャンスがありました。(略)最後は日本で最近の作品です。南芦屋に震災後の公営住宅を急遽造らなければいけないということで95年に計画が始まり98年に完成ということで、97年にお話があったんですね。埋立地の中に初めて出来る建物で、今まで別 々に住んでいた人達によって新しいコミュニティが形成されていくと。仮設住宅は既に建設途中だったので、もう出来ることは割と限られていて、二カ所に公園的なグリ−ンのスペ−スを造るという話になって、震災を体験された方とお話しました。入居されるのは高齢者の方が非常に多くて、戦争体験と震災体験が同じぐらいの比重で、非常に大きな出来事だったということでした。これから新しい生活が始まるわけですから、良い環境で、いろんな人達が共有できるイメ−ジの風景を取り込みたいと考えました。季節、生命感が常に感じられるような場所であってほしいと、畑を皆で作ってもらって、作業をする事によって、その場がコミニュティの形成といいますか、コミュニケ−ションの場にもなれば良いのじゃないか、畑の中に思い出の植物を植えて、震災の追悼の場にもなれば良いかなと思って、二つの意味を込めて、段々畑を提案しました。デザイン期間が非常に短かったのですが大急ぎでやって、入居される方を対象に土についてのミニ講座などもやって、一応ソフト内蔵型の参加型ア−トみたいな形で進めていったわけです。だんだん畑が出来てきて、夏にきゅうりが百本取れて、秋にはさつまいもも取れて一緒に蒸して食べたりとか、住民の人達の会合に一緒に出させていただいて、その時に思ったのは、人の活動なり関係が一緒に入って来るので、場所のデザインと活動のデザインというものが同時平行していかないといけない部分がすごくあると。場をデザインする場合には今、分業化されてますから、都市開発にしても何でもそうですけど、専門、物理的な場で、どういう活動が起こるのか予測はしてるんですけども、人との関係はもっと有機的なもので、予測ができない部分もあって、それを許容していくような、そういう場所づくりを考えていく必要があるんじゃないかと痛感しました。

●山口:清水先生は田甫さんの作品を見てどういうふうに思われましたか。


清水 博氏
●清水:私が一番感じたのは、温かいなっていう感じですね。プロセスを見ていると、最初は自分の世界を出すというところがあったのが、だんだん引いていって、すると人々が入って来るわけですね。最後のこの段々畑は、私は非常に好きです。こういう場を創らないといけない。そういう意味で大変面 白いと。これは気に入った。

私が今日伝えたかったのは、皆さんが新しい生命をつくることが出来るということです。これを本当に深く自覚することは大きな感動になります。例えば僕らの体は非常にたくさんの細胞から出来ているが、細胞一個一個は違うことをやっているんだけど、全体として何かをつくってる。それは心臓や肝臓であったり、一つの生きたものとして、僕らの体全体として生きてる。そういう状態をつくること、それが共創の素晴らしさなんです。僕らが一緒になれば、個人を越える一つの命を創ることが出来る。そのことを皆、すっかり忘れている。そこに今の社会の限界があると私は言いたい。その感動に出会うのに、私は中学一年生からやってきました。ちょうど第二次世界対戦が終わった年で、国が負けるっていうのはこういうことかと初めて分かった。中学一年の時に、どういう日本をつくって行かなければ行けないかっていう問題に直面 した。それが皆さんと違うところです。何にも無いところで考えなくてはいけなかった。やはり日本の過去の歴史を勉強しました。日本という国は新しい文化に順応することはいいんだけど、本当に自分で何かを創ってきたんだろうかと、そういう反省から始まるんです。これから世界の中で生きていく為には、我々の文化の上に立って何か世界に発信できるものを自分たちは持っているという発見をしたかった。今はそうは思ってませんけど、俳句はだめだなと、一句詠んでおしまいになっちゃうので。どうしても大河小説みたいなものが欲しかった。毎晩、当時は夜になると真っ暗で足が竦む中を先生の所に押し掛けてはいろいろ議論をして、先生も付き合ってくれました。そういう時にふと、古本屋で万葉集の本を見て、長歌っていう形式が日本にあったということに気づいたのが非常に衝撃でした。ここから、何か長いスト−リ−を語れるんじゃないだろうかと。そういうことを自分がやってみたいと思った。そして生きているということを科学にしたいと思ったんです。今日でも生き物の科学はあるんだけど、生きているということの科学は無いんです。科学は必ず、見られる対象と見る自分とを分ける。そういう研究では私小説しか書けませんね。そういうものじゃだめだと。田甫さんのテ−マにも、それがあると思う。私の人生を私が独占するんじゃなく、ひらくことによって私の人生が皆の人生になって、そこで、私が個として生きながら新しい生命を創ることが出来る。自分が生命をつくることが出来るっていう感動、これは非常に強いです。

●山口:共創の場について、卵の黄身と白身の図解でお話をいただけないでしょうか。
 

 
 

清水:私自身とか貴方自身とか自己というものがある。その自己の中の自我を黄色、無意識を白で表してあるんですけれども。西洋人はこの自我の部分をどんどん大きくして、殆ど全体が黄色、ところが東洋人は黄色をどんどん小さくして、真っ白に透明にしていく。だから無意識から考えようと。古い自己が新しい自己に変わるということが創造ていうこと。その間にちょうど昆虫がさなぎを通 過するように、自分が無くなる状態がある。この状態を自分に創りだすということが、創造には必要です。怖くてこういう状態になれない人はいつまでたっても、創造できない。黄身は自分が意識できる世界。白身は無意識的にしか掴めない世界。この二つを持っているのが、私達自身だという、ここから出発するわけです。白身からでもないし、黄身からでもない。東洋と西洋を混ぜたような考えになります。この白身が、実は今まで忘れられているんです。これを考えるととても面 白い。私達は自分はこういうものだろうとか思ってるのは全部意識です。だけど、どうも人間には体と意識、身体と頭脳という二つのものがあって、いつも一緒になろうと思っているけれども上手くいかないことが多いですね。例えばオリンピックの選手が観客の前で、頭では俺は一等にと思っているが、体はガチガチになってあがってしまう。白身である無意識は何故あがったかを考えても分からない。黄身はなんとか白身を自分の方へ持ってこようと思っても、非常に葛藤が起きてできません。だから我々はいつも白身と黄身の間に葛藤を持つ存在なんです。これが上手く一致することを私は誘導合致と呼んでいます。皆さんに考えてほしいことは、この白身の部分が何かということ。実は体とか無意識とかそういう言葉で言っているけど、頭よりも自分たちの存在している場所のことをすぐに敏感に感じとる。それで私は場っていうのは何だろう考えました。答えを言うと、私達はこの黄身から、意識でものを感じようとしているが、意識では本当にあるものの一部しかキャッチできない。意識がキャッチできないもっと広いもの、それを白身である無意識の部分がキャッチして、それを僕らは場として感じている。場は自分の白身の状態です。それを黄身が見た時に場として考えているんです。この黄身と白身はどこが違うか。最後は共創の話になるんですが、共創はやっぱりひらくということです。一緒に同じ場所の中に入るということ。卵をいくつか割って、一つの器に入れるということに例えて下さい。黄身の部分は自分自身を表現したい願望でどんな人でも持ってる。これは反発しますね。人と同じになれと言ったらそれは俺じゃねえよと。恋人同士でもそう。とことん同じなんていうことはありえないわけです。貴方と私という関係がどうしても生じてくる。だからあまり近づくと黄身はもともと反発する性質がある。ところが白身はすぐ、つながる性質がある。皆さんは私が話をすると頷いて下さいますね。これは体の状態がつながるということです。私達の研究でだんだんそういうことが分かってきた。実は白身のコミュニケ−ションというのがあって、そのうえで黄身のコミュニケ−ションがある。黄身がそれぞれの主張はするけれども、白身がつながっているのが共創という状態。この状態になった時に新しい生命が生まれる。こういうつながった状態を自他否分離と言います。私と貴方は分離できない。黄身から見ると違うんだけども白身から見るとつながっているわけです。私の生命が黄身だけだとすると、私はいつも人と離れている。私のいる空間は私だけが占有しているっていうことになる。これが黄身の理論です。ところが白身の理論は、人とすぐくっつく、どこからどこまでが私ってことが言えない。これを遍在的な自己という。例えばこの空間の中で白身の私が満たしていて、黄身の私はここに局在しているわけです。偏在しているものと局在しているもの、この二つを上手く調和させる、これが共創っていうことです。そうすると非常に楽しいですね。この白身を通 じて田甫さんと僕はつながる。だから田甫さんが上手くやるってことは僕は嬉しいんですよ。僕はつながりを感じてるから。皆さんにもそういう能力がある。この白身を強めていく。この白身は器の影響を非常に受けます。どういう場所に自分たちがいるかということが非常に影響する。これを形成作用といいます。この形成作用を最初に言い出したのは実はアリストテレスなんですけれども。それからゲ−テも有名ですし、ダ−ウィンだって言っている。この地球にいろんな生命が生まれてくるのは実は形成作用だと。そういう考えは今無いですよね。実は田甫さんがやっているのは、形成作用を一生懸命やろうとしている。ということにしてほしいと。なるべきであると、これは私の立場です。白身でつながる人間がもっと田甫さんの中に入ってくれば。今でも僕は好きだけども、より感動する。これはもう間違いないです。この論理は西洋にも東洋にも無い論理になります。こういうことを一生懸命、考えて実際作っていくと、東と西の文化を融合するということになります。もう若いジェネレ−ションの人にやってもらわなきゃだめなんですが。今の若い方は、この白身の力が非常に弱いですね。砂のようにすぐ流れちゃう。そういう社会があるんですけどね。切れちゃうっていうのは、この白身が切れるんです。新しい生命は遍在できるから創れるんです。遍在というのは、ここじゃないもっと全体に広がるっていう力が自分の中にあるという、それが僕は美ということだと。美というのは局在している自分が遍在している自分と出会うということ。自分の中で二つのタイプの生命が出会うということです。その時にいつも局在している生命が遍在している生命に包まれる格好になる。そのことで感動するんです。この白い部分が皆と共有されているということで世界が広がるんです。これが生命の理なので、短い時間で分かりにくかったかもしれないんだけど。その具体的な表現として、どういう器を造ったら我々は居心地がいいかと。そこで新しい共創が始まるかと。これが非常に大事なことですから。この器の理を皆さんに考えていただきたい。
 

 

●山口:今回深く越境するア−トってタイトルにしたのですが、それは結局、哲学とア−トは近い。他の分野はすごく近いんだと。しかしそれは、サ−フェスな表面 的なボ−ダレスというような意味ではなく、もっといろんなことを考えていくと、悩みながらそれは共通 してるんだっていうふうなことをテ−マに掲げておりまして、今、先生がおっしゃったような中でいうと、やっぱり芸術家の役割というのは大きいような気がするんです。つまり美とか、面 白さというものを白身の部分で伝えようとする時に多分ア−ティストっていうのは考えをビジュアライズすることの能力を持ってますので、言語ではなく共通 なものを知らせる手段としてものすごくいいものを持ってるんじゃないかと思うんです。

●清水:おっしゃるとおりですね。私は生きてることの科学をやろうとしてますね。自分が生きてるってどういうことなんだろうと。それは今までの科学の中でやろうとしたらこれ出来ないんです。やれるほとんど唯一の方法というのは、科学とア−トが結びつくってことだと思っている。そういう格好でしか白身の部分を科学は表現できない。そういう弱さを科学は持っているんです。、そういう意味の形成作用のデザインってことをもう一度芸術家の人が充分考えてほしい。それを社会に伝えてほしいということです。今日の深く越境するっていうことは、僕の言葉で言うと遍在するということ。遍在というのは広がって存在するということ。「私は科学の分野の専門家です。」と、これは遍在ではないんです。「私は芸術に心を開いて興味を持ちます。一緒に夢を語りたいんだ。」と、これが遍在ということなんですね。

●山口:言葉として、遍在と言っていただきましたので、私もちゃんとメモリ−にいれますけれども、今、共通 の言葉がまず無いんで。それが無い為に言いたい事があるんだけどそれをこう説明出来ない。例えば今の白身と黄身の話もです。ちゃんと自分で持ち帰りまして、これから使おうと思いますけど、上手く言える言葉さえ作ってくれたら何か出来ると、ずっと思ってきたんです。

清水:その時に清水が言ったということだけは悪いけども引用してほしいんです。というのは、こういう事を曖昧にしちゃうのが論理を育てないと思っているわけで。皆で論理を作って、形成作用を日本から発信しようとしたら日本人が論理を持たないといけない。僕は今までいろんな科学者に会ったんだけど倫理観の乏しい科学者は創造は出来ないんです。本当に創造的な人は倫理観があるんです。倫理観があるということは、人がこれだけの努力をして下さったと、言えるということです。その上で自分もそれと一緒に共創しようと、そういう気持ちなんです。今の日本がかなり末期的だと私は思っているのは、その倫理観が無くなっているからで、昔はそんなことは無かった。それだけは言えます。しかし、皆さんがそれを一緒に作っていくよりしょうがない。そうなった時に皆さんの人生は輝くんです。人生が輝くというのは大きな遍在的な自己の中に自分がまた出会うということ。私はそう信じてるんです。

●山口:私、自称現代美術のチアガ−ルと呼んでまして、芸術家の皆さんをバックアップしたいという気持ちがあって、しかし立ってる場所は観客とは違う、あるいは評論家席でもなく、同じフィ−ルドの同じフロアに立っててポンポンで応援したいということでやってるわけなんです。そういうふうに考えるとさっきの黄身と白身の話で言いますと、社会全体をつなぐものとしてア−トがあったり、ア−ティストがいる。ア−ティストというのは実はそういう意味で存在そのものが白身であって、社会の中でわけ分からないことを言いながら全部つなげていける人じゃないかと思うんです。例えば会場にいらしてる何人かの皆さんは、これから芸術家になるんだと言ったらそれは止しなさいとか、あるいは何で飯食ってんのかと言われたりするような人生が始まるのかもしれないですけど、そうじゃなくて、芸術家がいることによって他の職業も芸術家も際立つというような社会に、もう少し改革してなっていったらいいなと思うんです。 田甫 その辺はすごく難しいと思うんですけど、ア−トも業界として成立しなければいけないのかという一つの疑問と、でもそれが無いと一人前と認めてもらえない。大きな社会というテ−ブルの端から落ちそうな業界と見られているところがあって、しかし本当はそうでは無くていろんな所に出没する仕事だと思う。物理学をやっていても生物学をやっていても、技術者になってもメディアの関係のお仕事をしていても、ある時にア−ティストとして存在すると思うんです。いつのどの瞬間にもア−ティストになりうると。だけど、それをずっと仕事としてやって行くことになると、現存する業界、あるいは職業として存在する枠組みから外れたところに自分を置くというか、ある意味では社会全体いろんな業界があって、そこの間にいろいろ隙があるんですが、その隙全部がア−トの、私達のフィ−ルドなんだと。そういういろんな仕事の枠組みの外に立って、人間的な部分の視点から物事を見直して、いろんな発言をしていくということがあると思う。一番弱い立場から物を見て発言する、そういう権利が人間に与えらえているということと、それをやっていっていいんだと。非常に脆弱なものが一つの仕事として、責任ある仕事として存在していける社会じゃないといけないと私は思ってます。

清水:ここで私達がお話して、共創しているのは三人じゃなくて、皆さんが参加されている。私の白身論もそうなんですけど、やっぱり観客というのは形成作用であり、観客の形成作用がないようなデザインは閉じたデザインだと思う。本当に良いものはそこにあるだけで力を持っている。芸術にそういうものを求めたいですね。それから美しいということについて言うと、我々が持っている美は、いつも外形から出来るものとは限らない。本質は我々の内部にある。それが無いとア−ツというのは力を失っていきます。コンピュ−タ−を使って今からいろんなことがあるでしょう。このeATもそういうものでしょう。だけど外形化するだけのものは続かない。便利なツールにはなるけれども、我々の身体がどこかで関与するもの、これが白身と関わるってことですが、身体性を失ったア−ツは、本当のア−ツとは言えないような気がする。私はライカを持っているけれど、ライカを気に入るというのは私の身体に合う。身体性というものに関与しているんです。

●田甫:さっき清水先生が形成作用というものが力だっておっしゃってましたけど、私はア−トは力だというふうに思います。いろんな意味で自分自身も発見していくし、それから周りの人達にいろんなことを伝えたりとか、疑問を掲げたり、あるいはいろんな新しいことを提案したりとか。生きていくことに力を与えるんだと思います。それが悪用されると大変なことになります。歴史の中に例はたくさんありますけども。ア−トには、ものすごい力があると思う。だから、ある意味ではそれを管理していきたいと思う人達も出てくるでしょうし、そういうことに惑わされないで、清水先生がおっしゃっている、生命そのものについて、ア−トの力をいろんな人達が持てる、そういう状況がすごく大切だと思います。だから今、ア−ティストがなかなか生活が出来ないとか、全体にア−トが根づかないとか、ある意味ではそういう力を抑圧している別 の構造があるのかもしれないですし、そういうことをもう止めて、アートの力をもっと開放していくべきだと思う。それが生活の中に存在していくと、とっても楽しいことでもあるし、勇気づけられるし、人々の生活の中に本当に生き生きとした空間とか時間とか関係性を創っていく一つの力だと思うので、これは本当に白身と一緒にバ−ッと導入したい。

●山口:お客様から質問がありましたらどうぞ。

参加者:お話大変楽しく、拝聴しました。清水先生に三つ質問があります。一つはクリエ−ションを作っていくという意味で、コレクティブインテリジェンス、つまり集団的知性という言葉が様々な学者から提案されているんですが、そのことについてどのように思われますか。二つ目は場というのは、非常に身体に関わるとおっしゃいましたが、ウェブやメディア空間を通 じて様々なやり取りをしている時に身体性、場の身体性というのは有効かどうかということです。三つ目は先生が敗戦の時に大河小説をつくりたいと思われたそのドラマの部分は、先生が創出された、この場の理論という物語なのでしょうか。

●清水:素晴らしい質問です。コレクティブインテリジェンスということですが、インテリジェンスとは何なんだろうという問題と関係していると思う。これを黄身だけのものと考えることも出来ると思うが、私はこのタ−ムについてよく知らないので充分なご説明が出来ません。ただ、我々はどうしてもこの白身というものを抜きにしていろんなことを考えても行き詰まると、そういう思いがある。二番目の質問が非常に重要な質問なのですが、私達は今インタ−ネットソサエティ−を迎えていると言われていますが、インタ−ネットは言語あるいは言語に類似するものを送り合う。先程の白身の入った空間と違うところは、どうしても今のところあります。それは同じ場所、同じ時刻で共創が出来ないということです。共創する為には、空間と時間が共有されているということが大事です。我々の具体的な研究の中で、今までのインタ−ネットは言語を通 じてやりますから、この場所と空間というものがない。別の言葉でいうと、黄身だけのコミュニケ−ションになっていて白身が無いんです。

●山口:先生、チャットはどうですか。

●清水:頷き合うというようなこと、これをやれるコミュニケーションはないか。テレビ電話はだめなんです。だんだん分かってきたのは、モニタ−の上で隣の人を見ながら会話出来るようにするには、その時に自分自身がモニタ−の中に入ってなきゃいけない。それからバ−チャルなものでも良いかもしれないけども、自分ともう一人の相手が入っている空間がいるということ。こういうものを与えないと出来ません。但しそういうものと実際の会話に於けるコミュニケ−ションがどこまで違うかという研究はまだやれていない。そういう状況は、今までとは違ったインタラクティブな関係が生じてきて、ちょっと違う性質が出てくることもあります。もう一つ研究しているのは、自分の前で話をする、目や体や首を振り表情を伝えるロボットです。顔はどうでもいいんですが、ロボットの表情を見て、あっこれは山口さんだ、これは田甫さだと、どうも言えるということがだんだん分かってきた。電話よりはうんと違ったコミニュニケ−ションが出来るわけです。共同研究というより、一緒になってそれこそ共創している早稲田大学の三輪先生でどうやって心が伝わるかという研究をされています。それから、岡山県立大学の渡辺さんという方が、バ−チャルの空間の中に私と貴方が入っているかを、どう見せたら上手くいくのか研究されています。この人も私達と一緒に共創してるんです。そうするとお互いに刺激し合っていろんなことが分かってくる。今、私は新幹線と鈍行列車という二本の線をつくらないといけない気がしてるんです。今のインタ−ネットは、新幹線として世界中にピュ−ッとコミュニケ−ションできるメリットがあります。だけどその反面 、本当の意味の心と心のコミュニケ−ションを忘れてしまう面もあるので、もう一つは鈍行列車の線です。これは別 に効率上げる必要も無いしスピ−ドを上げる必要も無い、自動化の必要も無い、僕らが生きてるってことですからそういう路線もいるのかな、この複線化ということは日本の近未来の為には必要かなと、先程のメディア空間に対して、基本的には複線化構想みたいなものは持っています。ただしこれは二つが反発しあうものではない。路線が一本じゃ足りないねと、新幹線の持てないものをなるべく鈍行列車の線に作ろうと。両方がそうやって作りあったらどうですかという考えです。最後はどういうことになりますか。私の夢は東洋論理と西洋論理を融合させたい。これは非常に大事なことです。ヨ−ロッパの人と話してもヨ−ロッパの論理だけでは今は行き詰まっていると、では東洋の論理に変わるかというと、いやこれも行き詰まっていると。どうも二つの論理を融合するというところに夢がある。先程、田甫さんが言われたように、一つの論理しかだめということはまずい。大事なことは一緒にやれるということの方が先行すべきなんです。

 
(セミナーでの発言から一部を抜粋して掲載しています)
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