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セミナーC
アートの中の温故知新
 新しさと伝統から見るアートの本質」


大樋年雄(陶芸家)
日比野克彦(アーティスト)
大谷裕巳(財団法人国際茶道文化協会理事、株式会社タイムゲート代表)
コーディネーター:浜野保樹(メディア教育開発センター助教授)

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■SeminarC

浜野保樹氏

●浜野:今日は芸術アートの伝統と先端というものを結ぶ、ボーダーレスな部分をここで論じたいと思います。

●日比野:自分の活動をちょっと紹介したいと思います。このCD-ROMは作品集ですけども、自分の作品というのは、たとえばこのパフォーマンスとか、ステージ美術とか広告、あとエディトリアル、ウォールペインティングとかフロアーペインティング、そういうのを1冊の本にまとめようと思うと、全くデザイン的にも大変なことになってくるんですけども、CD-ROMだと、2000点くらい作品が入っているんですが、空間的なものも、1個のグラフィック的なものも、動画も静止画も同等に入れられるということで、とても重宝している作品集です。自分はもともと、それこそデジタルとは全く関係ないところで仕事をしていたわけで、それはすべての人、デジタルっていう世界がこれほどメジャーになる前は、もう超アナログで、手を汚しながら物作っていたわけです。これは自分が普段、たとえばいわゆる重力のある世界で物を触りながら、大樋さんも当然粘土、土をいじりながら形を作ってくわけですけども、これはMacの中で、重力のない世界で、物を作ってったわけです。そうしますと、最初に単純に、何に驚いたかっていうと、単純に言えば頭でっかちの物を作れる。重力のあるところだと、3点は支持体がないと台の上に立たない、存在しないなぁということになるわけですけども、全く関係なしに物が作れるわけですね。その中で一番不安になってくるのが、こういう立体はいくらでも仮想現実の中で作れるわけですけども、そうすると一番欲求不満になってくるのは、触れないっていう欲求不満があるわけです。いじれない。触感的な満足を満たしてくれない。この3Dで作った後、どういう衝動が起こってくるかというと、それじゃ立体に置き換えようと。いわゆるこういう粘土で、これはブロンズで金に塗装したわけですけども、元はCGな訳ですね。CGで作った立体を、今度は実際のブロンズに置き換えた。普通 、逆ですね。自分の中で触覚的欲求が、出てくるわけですね。触覚というのは日頃使っているんですけども、どうしても人間の情報収集機関として、視覚というものが一番重宝してますから、日頃触ってるようだけども、触ってるっていう実感よりか、何か見てるっていう実感の方が大きいわけですね。けれども、いわゆるデジタルの中で、触覚を忘れた作業をしているときに、なおさら触覚という古い記憶を呼び起こしてくれたというデジタルの役割というのが、この展覧会を作っているときにありましたね。


日比野克彦氏

なぜ絵を描くんだろうっていうところっていうのがいつもつきまとう疑問で、いろんなパフォーマンスを身体的にやっていくんですけれども、やはり身体っていうのが一番ベースになってると思います。体を動かすことによって何かが残っていって、それをまた自分が見て、何か反射的に、身体の反射神経的に何かやりたくなる。その連続だと思うんです。大きな紙があれば長い線を描きたくなる。今度それが完成したら、それを今度、切り刻みたくなるっていう、身体の反射神経をも正直に出していく軌跡の中で残ってくる形。何か坊さんの説教のような、「形ある物はいずれかは無くなるから自分で壊せ」と。 今日伝統と現代というテーマですけども、観音さんは300年前に、戦国の動乱の最中に異僧が持ち去ったというので、それ以降、全然長国寺には観音さんがなかったんですけども、今の住職が復活させようというんで、「観音さん作ってくれ」と。僕もまずやはり素材からはいるわけですね。石でやるか。木でやるか。ブロンズでやるか。何度か試しに作ってみたんですけれども、どうしても昔の素材から入ると昔の形にとらわれる。木であれば何か円空っぽくなってしまうし、石でやると石仏っぽくなっちゃうし。これは何か違う素材でないかなぁっていうので、あっガラスで何かできないかなっていうので、ガラスで作ってみようと。ガラスって他の素材と違ってですね、自分で触れないんですね。火傷しますから。触れない。ガラスを自然に放っておくとどうなるかっていうと、重力に引っ張られて落ちようとするんですね。それを鉄の棒でくるくる回すと、自分で丸くなろう、丸くなろうっていう、宇宙の力を素材がドンドン感じて、形を自分で作っていくんですね。透明なガラスっていうのは、これまた冷めてひとつの形になると落ち着いて、丸くなって、外の風景を全部玉 の中に吸い込んで、そんなガラス玉の素材としての不思議さというか、神秘性というのも、これ観音さんでいけるんじゃないかなっていうので。岐阜の恵那市、長国寺、長い国のお寺と書くところですけども、行っていただければ、ずっと見られます。とても御利益がある観音さんですね、はい。

これは最近やった、これフランスのリモージュで作ったセラミックの作品です。リモージュは磁器の産地で、リモージュ焼きというのがあるんですけども、リモージュの美術学校は、やっぱりヨーロッパ中のセラミックをやりたいような人達が、けっこう集まってくる大学なんですね。そこで3年前ですかね、呼ばれた時に作った作品です。これ、2、30センチぐらいの大きさですけれども、それを100個ぐらい作ってきました。この時気づいたことはですね、僕は右利きなんですけれども、道具を持つときは必ず利き手というのがあるんですね。鉛筆、お箸、ボール投げたりするときは右利きですけれども、粘土、ヘラとか持てばですけども、粘土をいじるときは両手でいじりますよね。そこでどういう形にしようかなって漠然とした頭の中のイメージを、右手と左手が共同作業で作りだしていくんですけれども、その時というのは、あんまり右利き、左利きとかっていうのは関係ないですね。そうすると、100種類いろんな形を作りたいと思ったときに、最初の10個、20個ぐらいは、たとえば蛇、蛇の形とかですね、次円筒形とか、次四角とか、次は球とか、次は長い平たいプレート状とか、割と大まかな形で20種類作っていくんですね。自分の頭の中で長い棒を作ろう。丸を作ろう。平らな面 を作ろうと具体的なイメージがある時というのは右手が動くんですね、一生懸命。左手はそれを支えている。でも20種類ぐらいだいたいの大まかな形ができてくると、何かもっと曖昧な、そういう分類がしきれない形を「あぁ、何か出てこないかなぁ」ということになってくると、これは発見したんですけど、左手が動きだすんですね。左手がこう、何か指示がないと、左手の方がイメージを形にしだす。右手が急にサポーター役になるっていうのを発見したんですね。そんなことを100個ぐらい作っている間に、いろいろこの時は感じましたね。

●浜野:今回、東京芸術大学で、先端芸術表現という名前を付けた、その先端というのは何を意味しますか。

●日比野:そうですね、金沢美大でも京都でも、愛知でも、美術大学はどこもそうですけど、油絵か日本画、彫刻工芸、デザイン、理論の芸術学科ってありますよね。いわゆる何で物を作りますかっていう素材別 コースなんですよね。油絵の具で描きます。日本画の顔料で描きます。土をいじります。しかし、もう全然素材別 ではフォローしきれないわけですよ。そういう分類も機能してないねという現実というのはどこの、芸大に限らず、どこの美大にもあるわけで、引き金としてやはりコンピュータというのが引き金になってますね。今みんなで話しているのは、キーワードとしては、パソコンと寝袋っていうのがキーワードにしようと。パソコンというものを文房具として使いましょうと。自分たちが、たとえば芸大にいたときに、作品を作ろうっていう意識があるんだけども、作品を作ろうという言い方はやめよう。プロジェクトを立ち上げようっていう言葉使いにしましょうと。MITでも新しいおもちゃを考えようというプロジェクトを作ると。そのプロジェクトにはどういう技術が、どういうアイデアが、どう調査が、どういう情報分析が必要かっていうことで、その実際にそれを立ち上げてく中で、コンピュータという情報収集能力も必要だし、分析能力も必要だし、そうするとそん中にスケッチするっていうこと、モデルを作るっていうことも当然必要となってくるから、絵を描くこと、立体を作るってことも当然出てくる。でもその立体を作る、絵を描くコンピュータをいじくるっていうことが目的ではなくて、目的は1個のプロジェクトを完成させようっていうことをやっていこうということで、寝袋っていうのは、いわゆる表に出てって、調査して、自分の肌で感じてリサーチしてこいと。現状をちゃんと把握した上で、今度は情報収集をパソコンの機械の中で整理していこうという、パソコンと寝袋とプロジェクトという考え方でやっていこうと。それは今までは芸大の中では個人個人にはやってたけども、科としてそういう方向で動いているっていうのは無かったですよね。そこが今回の先端の中では大きな特徴かと思いますけども。

●浜野:どうもありがとうございました。では、金沢の非常に代表的なアーチストでもいらっしゃる大樋さんに、是非っていうことでですね、このeATの実行委員会に入っていただいて、すごくお世話になっています。それでは大樋さん、国際的に活躍されているので、そういった活動を含めてご紹介いただきたいと思います。


大樋年雄氏

●大樋:今日の「新しさと伝統」というテーマというのは、全く僕がいつも考えてることと同じテーマだったんで良かったなって思ってるんですけども。実は僕が家に帰ると、仕事場ではコンピュータ全然置いてなくて、地べたに座るか、立ってるかっていう、そんな仕事場だけで、コーラを買うっていっても車で買いに行かなきゃいけない。そんな環境下で仕事をしています。それから自分の家に帰ると、寝るところとまたわかれたところに、自分の参考になる本、大好きな本、それから遊び場ですね。それでMacを買いまして、そういうもの考える場所。そういうふうに、一応わけて生きているんですけども。今から2年くらいになりますけども、かねてから僕、困ったことがいくつかあったんですね。それは個展とか展覧会をいろいろやるようになってきたら、自分の作るものっていくつかのベースがあって、それを膨らませていくってことなんですけども、なかなかひとつでいろんなこと考えられなくなってきて、みんなこれから平均化されていくのが嫌だなぁって。何か自分で考えなきゃいけないっていう時があったんですね。そんなときに僕は左足の靱帯を切って、2ヶ月くらい歩けなくなりました。その時に、僕は1回パソコンっていうのをやってみたいなと思って。たとえば陶壁という陶芸の「陶」に「壁」って書いてこう、インスタレーションするんですね。そういうのってだんだんスケールがでかくなってきたら、自分でこう、スケッチしたり、色塗ってる間に、それに疲れてしまって、シュミレーションがやりたくなくなっちゃうんですよ、自分で。そういうのにパソコンを使うと思うように出来るっていう話を聞いて、それを教えてもらったんです。要はまず自分のスケッチをやる。それから見取り図を建築家が、たとえばパースをカラーで描いたら、その自分の陶壁入れたいところに、そこに切り込んで入れてみるとか、そういったことを教えてもらって覚えました。実に自分の頭をサポートしてくれるもんなんだなぁということはわかりました。それでそういうことをいろいろやっていて、これは「温故知新」っていう言葉があるけども反対のこともあるなと。新しいことをやったら、初めて古いことの大切さっていうのが、こんなことが大事だってことが考えることができるようになりました。それと、やっていいこととやっちゃいけないこと、自分の判断も大きく変わったような気がするんですね。今は、考えることはデジタルだったり最先端の物を使って、道具としてそれを使って、作るときは限りなく指で全部作ってしまう。

器というのはたぶん、中に穴があいていたら全部それは器で、勝手に僕らが「これは茶碗だ」とか「食べるときに使うもんだ」とかって決めているだけの話であって、その論理をはずして本当に器っていうことを考えていったら、どんなことになっていくのかなってことを、みんなに見てもらいたいと思います。器を作っていたら、そういうパターンていうものを変えていくことができる。その時はその陶壁のことは忘れていられるんですね。陶壁を作っていたら、結果 的によく考えたら、お互いが結びあっているんですね。あくまでそれは、自分のやりたいことをやってることがたくさんあるから、そういうことができるようになったんじゃないかなと。それから陶壁をやるときには、大きなスケールのことを先に考えて自分で決断してあれば、勇気を持って作ることができる。工芸、陶芸家それから今まで僕が見てきたもので、茶道、茶室、庭園、お寺、神社、山のてっぺん、ご来光。何か全部つながっていることに最近気づいてきました。実は宇宙のことと、お茶一杯、緑のお茶で、飲むこと、手に持って。そのことと実は同じなんだなと。これは写 真を全部取り込んできたんですけども、僕らは地球を遠くの宇宙から、地球を見たことっていうのはないですよね。ただちょっと今、気持ちをね、僕らはみんな一緒に宇宙旅行をしていると思って、地球にだんだん近づいていく。そういう気持ちになって下さい。そうするとこういう僕らが、今、天体望遠鏡でコンピュータに解析してやると、これくらいの映像は見られるんでしょうけど、おそらく本当に遠くへ行って近づいていくときだったら、こういう見たことのない景色がいっぱい出てくると思うんですね。こういうリングになっていたり。それで地球に近づいてきたら、3つのものが大切なんだなってことに気づきます。それは地球をもし真ん中に考えたら、必ずそこの周りには太陽と月がいて、太陽っていうのはいつも僕らが目で見ていて、いつ昇っていつ沈んでるっていう、ビジュアル的に教えてくれてるもんですよね、その周期を。月というのは目で見てて、今大きさがどれだけになってて、いつ上がっていつ沈んだってことがわからない。でも僕らの体のリズムとしたら、いつも感じてることだと思うんですよね。その両者の関係っていうのが三角形になりますよね。3つのことですから。それでだんだんこう、地球に近づいてきます。この星を見たら僕らは「あっ、故郷だ」と。それで太陽系に近づいてきて土星なんて見えたら「僕らの故郷に近いところに来た」そんなふうに思う時代もいつか来るかもしれませんね。これをだんだん下に降りてくると、これ南米にあるやつですよね。なぜ飛行機にも乗ったことのない人達が、こういう模様を大地に描いていたのか。これミステリーなんですけど、ミステリーっていうのは、僕はすごくこれ、意味があることだと思うんですよね。それで地球にもこういう宇宙的な景色があります。これは夕焼けが光を差し込むと、山が赤く燃えます。それからこの上の方、赤くなってますけど、実はこれ、紅葉してる森林が海に、湖に写 った景色ですね。それからこれはフィンランドの夜景です。これはアルゼンチンにある氷河です。このギリギリのところがすごい高度が、高さがあって、いつも溶けかかって、後ろから押されて、また一番後ろから新しい氷が生まれてる。それを地球は繰り返しているわけですね。これはアマゾンの滝ですね。たぶん昔の人は、ここからこういうふうにして滝を眺めたときに、ただ水が落ちてきたっていうふうには思ってなかったと思います。それでこれは上空から見た景色ですね、アマゾンの。これはだんだん日本に近づいてきました。これは北海道の北の方で見た、太陽の動きと海の景色ですね。こうやって夕焼けが、こんなふうに入ってます。もうペインティングの世界ですね。そしてこれは凍った海ですね。

これはこれからだんだん冬に向かっていく北海道です。これは富良野です。寒い北海道が晴れると、こういう景色になっているんですね。これ、誰がやったわけでもないです。太陽と光った場所と影。光と影っていうことがあります。これは富士山から見たご来光です。なぜか日本の山の頂上に登ると鳥居が置いてあります。その鳥居に向かって、まっすぐ自分が太陽に向かって立つと、鳥居の中に太陽がスポッと入ったときに、なぜかみんな感動するんですね。これは親から僕ら教えてもらったわけではなくて、たぶん僕らの体の中にずっと先祖から、何かの形で伝えられてることだと思います。この中にいろんなことが実は、神秘、神の秘密ですね。または僕らが工芸をやるときに、陶芸をやるときには、秘技、秘密の技っていうのがあります。なぜ秘密と書くのっていうのが、そういうことから出ていると思うんです。これは稲荷神社ですが、この鳥居がずっと重なってて、もしこの真ん中にですね、山頂で太陽が昇ったときのことを考えたら、なんとなく鳥居ができた、鳥居がなきゃいけない理由っていうのがわかるような気がします。女性が子供を産む場所。「子の宮」と書いて「子宮」といいます。なぜでしょうか。これは鎌倉時代に「釈迦来行事」という絵ですね。彼らは雲の上に乗っています。さっき僕らが地球に向かう直前、太陽と月を見ました。これが地球で太陽と月じゃないでしょうか。そして神社に、またはお寺に行くと祭壇というものがあります。「祭り」という漢字を思い起こすと、なぜあの漢字ができたか。この形態からわかるような気がします。お供え物があって、犬の血があって、示すって書きますが、机の下は3本足で支えられている。祭りっていうのはそういう意味ですね。だからあの「祭壇」と同じです。さっきアマゾンの滝を見ましたけど、日本人も滝があって、僕らはその前に仏像を置きます。さっき日比野さん、仏像を作りましたけど、ガラスっていうのは全く正解だと思うんですね。この景色、おそらくこれは東北の方の川なんですけども、この景色を見て昔でいう、僕らが言ってた「日本画」っていうものが生まれてきたんだと思うんですね。こういうお祭りをしますね、僕らは。神事でこういうことをします。そこで本来なら大谷さんがお話になった方がいいかもしれませんが、なぜお茶室に行くときにいろんな装置をしてあるのか。それを考えてみたら、さっき僕が皆さんにお見せしたシーンと同じことがこの中に、千利休がそれに最初に気づいた方かもしれませんが、その中に装置として凝縮したんだと思います。ここに、このドアを開ける前にですね、お茶によばれた人達は、お茶をよんだ人と会話することなく外で待っています。待合いって場所がありますが、その時にドラが鳴ります。ドラっていうのは、ドラと雅楽っていうのは、なんとなく僕らのその中に、違うところから聞こえてくる音楽みたいなものを、たぶん思っているんではないでしょうか。ここを歩いていくとこういう井戸があって、ここに木をいろいろ植えますよね。ただここに庭をやったんじゃなくて、歩いてる人達に風が吹いていたら、その木がどういうふうに音が鳴るのか。そこまでたぶん考えて庭園というものを作ったと思います。それからお茶道具作った人達。茶室作った人達。


大樋年雄氏(左)、日比野克彦氏(右)
全部何かどこかにキーワードがあるんですね。ここに灯籠っていうものが必ず、神社でもお寺でも、お茶室に関わっている庭のどこかに必ずあります。ここに何のために役に立っているのかというと、ここにロウソクを置きますから、人間でいうと目です。それから先程言った風の音、これは耳に入ってきますから、これで目と耳っていうのが完了しました。それから花が咲いたら匂いがおこります。ですから僕らの鼻のことです。「花」と「鼻」はなぜか同じ音です。そして行っちゃいけないところ、これを石。石に黒いひもで結んで結界。「結ぶ世界の界」と書きます。たぶん僕らが、今に自分の人生を終えた時に、どこかに向かって歩いていくときに、悟りがない人はどこか間違えて行ってしまいますね。悟りがある人は、自力で自分の行かなきゃいけないところに向かっていけると思います。そのために生きてる人は、亡くなられた方にお葬式というものをするんだと思うんですが、これはある種の示しですね。「ここから先、行っちゃいけないよ」と。だから茶室に自然に向かっていけるようにしたんですね。最後お茶室に入る前、大きな岩の中を砕いて水を入れます。いつもここから、山から流れてくる水、または地下できれいな清水ですね。そういう水があって、この杓ですね。左手と右手を清めて、最後口の中に水を入れて、ペッて吐き出しますよね。なぜそういう汚い動作をそこでさせるのかっていうことが、僕らが息を引き取るときと同じことをするんじゃないかなと。そしてその儀式を終えてですね、ここに飛び石というものがあって、ずっと歩いていく間、石を自分が選びながら歩いて来たんですね。ここまでがひとつの高さ、第1段階の高さで、ここのドアを開けます。そうすると小さなドアですが、たぶん日本のことを知らない他国から来た方が「ここ入ってくれ」って僕が言うと、教えなくても頭から入るはずです。仮に足から入ったら、この石に頭をぶつけてケガをしてしまいます。そしてここの2番目の高さ。それでここには掛け軸などが掛かっていて、何か漢字で、何かの意味を我々に伝えます。それで一段さらに高いところを床の間、3段階ですね。床というのはベットっていう意味ですね。横になるところ、または僕ら仏壇を置いた部屋なんですが、それを同じ意味を持って、昔の高貴な方々が書いた文字をここに掛けます。それで茶室の中に飾り付けされた釜、ふる、水差し、茶碗、茶入れ、こういったものをですね、無言のうちに自分が先に見学をしておいて、さっきの漢字の意味とこれとを結びつけてキーワードを探します。そして亭主が出てきて、たった一杯の緑のお茶を入れて渡すわけですよね。これはこういう操作でお茶をたてます。黒と緑の関係。黒っていうのはいろんな色を混ぜると、黒になります。いろんな考えを持ってる人達が集まると、たぶん考えは真っ黒になるはずなんですよね。反対に言うと、黒を見たときに、いろんな考えを持った人達が、自分の考えをひとつずつ用意されるってことにもなると思います。拝見って言って、拝んで見るわけですね。これは決して誰かが作った、たとえば大谷さんのご先祖が箱書きをした。そういう立派な茶碗だからといって見るんじゃなくて、今のさっきからずっと、そういう宇宙シーンを見た中で、そういう何かキーワードを知ってる人達がこれを見てありがたかったと。お互いに一緒にいれることが良かった。それから時間というものを一緒にシェアできる。

一期一会と言いますけども、これは過去の時間と、今の時間と、未来の時間を共有する人達が、何か一緒に共鳴したとき、それが本当の一期一会だと思うんですね。こういうふうに茶碗の勾配まで、お尻のところまで見るわけですね。何かそのキーワードを知っている人達は、世の中で自分のやっているフィールドの中で、その事をみんなに、子孫に伝えようとした仕事をした人達。たぶん法の伝達者って言えばいいと思うんですが、前田利家という人が金沢にやってきたときに、おそらく彼はそういう人間ではなかったと思います。考えてみるとハンディキャップの持ち主だったんですね。一向一揆。お百姓さんがいっぱいパワーを持って住んでいる町。お寺が力を持っている。軍隊まで持っている町。そういうところに大名としてやって来た人。そして冬、雪が降って寒くて、江戸に行くには時間がかかる。それを前田利家は、おそらく最初はハンディキャップだと思ったと思うんです。そして三代の、この前田利家の側室の子供です。身籠もり、今の現代語で言うと、妾の子供です。その人は三代目になって、その前田家の、加賀のハンディっていうものを利点にかえました。こういうお城を建てて桜が咲いたら美しいということ。限りなく冬から春が来てありがたいと思える。そういう季節を美が同じにたとえるようになりました。兼六園という庭を造ると、たぶん最初の問題なのは枝が折れたんだと思います。この庭を造るデザイナーというのは、たぶん京都から来た人達がやったに違いありません。雪のことを知らない人達が庭を造れば、必ず枝は折れます。それをロープで守ることを考えたのは、加賀の人間が考えたんだと思います。おそらく最初、こんなに木を守ることはできなかったと思うんです。時代が積み重なるごとに、どうせだったら絶景としてみられる、そういう景色に変わるものにして、寒い冬から戦おうじゃないか。それを心地よく生活できる環境にかえようと、そういう気持ちになったんだと思いますね。そんな中で金沢市っていうのは今、この面 影を残してあるわけですが、文化やこういう町を作ったわけですね。これはわたしの家のすぐそばにある、浅ノ川のそばにある梅の橋っていう橋です。これ木造ですね。すぐこの反対側には東というお茶屋さん。芸子さんがいっぱいいらっしゃる町なんです。ここにたまたま人がいますが、ここから下をこうして眺めたら、大きな岩が江戸時代にあったとします。その上に変わり瓶がのっていて水の流れが変わってたら、この器です。これを加賀のオリジナルなデザインとしてお茶道具を作りました。この初代をつれてきたのが、大谷さんのご先祖の裏千家四代目になります、仙叟(せんそう)という人です。彼がこういうことを作れという、師匠達だと思うんですが。それで先ほど黒いお茶碗って言いましたけど、黒いガラスですね。ここがちゃんと半分わかれて、とれるようになっていて匂いがでる。高楼というお香を入れる物ですね。床の間に飾ります。こういう「聖」という茶碗を初代が作りました。これもやはり川の流れを意味していると思います。当時は自分たちの住んでいる、そういう情緒とか景色、そういったものを何か形にたとえるという作業をしていたんだと思います。これは私が最近作った茶碗です。僕はお茶を飲むための茶碗を作っていません。気持ちとしてはさっき言ったシェアできる気持ちをね、みんながあって、一杯飲めることがありがたくって、その時のことが感動できる道具であったらいいと思います。これもそういう茶碗ですね。五代が「香合」という小さな、お香を入れる物ですが、そういうのに使っていた薬を変化させて、自分の間入といいますが、一気に温度を上げて一気に冷ます焼き方をするのがうちの焼き方なもんですから、とことん入れてやろうと。この間入はおそらくコンピュータで計算しても、どういうふうに入れることができるか、わからないと思います。僕は窯焚きの感でわかります。これは太陽と月がぶつかんないようになっている水差しです。これも水差しっていうのは本来、お茶室で水がこの中に入れられていて、釜ん中に沸いているお湯の中に水をたすとか、お茶碗をお茶たてる前に清らかな水をその中に入れて、わけ静寂のその精神の元に清めるという操作をするための道具なんですよ。僕はこの水差しをそういうために作っているのではなくて、器ということを考えて、たまたまお茶をやる人がこの水差しを使いたいと思ったら、使ってもらいたいなと。僕はそんな器というものを作りたいなと思っています。それからこれは、全部縄文人のようにですね、全て手で作って、この模様というのは、家の仕事場の横にあった木をですね、自分で彫って作った紋様ですね。それを作りながら、叩いて、両方、右手、左手。さっき日比野さんが言っていた右手と左手の関係っていうのは、この模様を作るとき、左手が優先なんですよ。無意識にやっていると模様っていうのは、非常にうまく入っていくんですが、模様を作ってやろうと思うと、この器の中から力が入ってしまって形が良くならないと。だからたぶん左手というのは、右脳と直結しているからかなという気がします。これも最近作った鉢です。大きな、直径60センチくらいあります。飴色と黒の、こういう色でツートンになっています。それからこれは陶壁といって、山代温泉にあるホテルの中にあるお風呂です。それはプラネタリウムのような天井になっています。この部屋の中に入っていくと、太陽と月をテーマにした陶壁。これはつい最近やった作品なんですが、3段階のこの色っていうのは、実はアクリルの10センチ角の正方形。1枚ずつね、3つの色。金沢の金箔。箔っていうのはおそらく100種類ぐらい、もしかしたら200種類ぐらいの色を業界の方はお持ちで、それを私たちは組み合わせて、陶壁の周りはそういうアクリルで形を作ってから、自分の陶壁を中に入れたと。
 
 

●浜野:大樋さんは自分の思考のプロセスみたいなのを、プレゼンテーションしていただいたんですが、伝統で残るものっていうのは、時間を経て残そうっていうと大変な人の総体的努力を経ているからやっぱり、時間を経て、歴史を経て残ったものってすごい迫力がありますよね。今日もあったし、それで特に大樋さんみたいにすごいお家に、大谷さんもそうだけど、変な俗っぽい質問ですけど、その重さっていうのは肩にこうかかりすぎて息苦しいとか、そういうのはないんですか。

●大樋:全くないですね。昔、子供の時に訳わからなくて何かそんなことを考えてたことありますけど、一人の何か工芸をやる人間として考えてますんで、なんかそれを重荷だと思ったら僕、やらない方がいいと思うんですね。そのかわり伝統っていうのは、壊すっていう、何か壊さないと僕らの頭は、100%のキャパシティしかないので、何か壊さなきゃいけないというその決断力ですよね。それはやはり古いことを知らないで、知っていた人だけがもしかしてわかるのかもしれないですね。それからさっき、隠す、秘密にするっていうことは実は、大事なことを秘密にしておくと、今僕らがなんか気づいた人間が、「あっ、こんなことがあるんだ」って秘密になってるから、そのことに気がつくわけで、気づいたことはちゃんと伝わると思うんです。それをあの、正確に全部データかなんかに残して伝えていくと、おそらくそのことって消えてしまうと思うんですね。記録には残りますから。その何か壊すことと、新しいものを取り入れるっていうその作業っていうのが、いつもいつも僕は大事なことであると思うんですね。

●浜野:アメリカっていうのは、わりかしどんな一人でもだいたいのことは出来るようにマニュアル化して、人の持っている知識を文書化にしてね、共有できるようにした。それもすごいことなんだけども、今おっしゃったように、わりとこう、人に属するような、属人的ノウハウとして、こう伝えていったわけですよね。そういうのがある種の独特の表現しづらい、マニュアル化できないものとして伝わったって強味はすごくあると思う。 それとね、実はお二人並んでるっていうのは最初はね、すごく水と油で、接点がないから逆におもしろいと思ってたら、結構ね、考えてらっしゃる事とかやってらっしゃる事がオーバーラップしてね、日比野さん、僕ぜひ日比野さんにこう、大樋さんの作品とか、今のプレゼンテーションのやってらしたこと、コメントをね、どういう印象をもたれたかってぜひ、日比野さんの感想を聞きたいんですけど。

●日比野:あの、今の話ですが、秘技。ものを伝えるって、より多くの人に伝わった方が、ものを伝える目的って、より多くの人に誤差なく伝えるっていうのが情報としては優秀だという言い方ありますよね。それが物作りにしろ、文章にしろ、考え方ににしろ、商品開発にしても、より沢山のものを誤差なく作れる力。プロダクト商品っていうのは、すべてそうなわけで、物作りとか考え方、情報っていうのは全部ズレを嫌うものだと思うんですよ。ズレは悪だ。ズレてるものは欠陥品である。ズレてるものは情報としては未完成である。それは時間のズレにしろ、形のズレにしろ、情報の間違い、間違いになっちゃいますよね。でもその間違い、ズレてるところが個性なんですよね。ズレてるところが、その民族性であり、ズレてるところが時代性なわけですよね。伝統っていうのは壊さなくちゃいけないって今、大樋さん言いましたけども、まさしく当然その時間のズレ、個人のズレ、民族のズレがあるわけですから、そのズレを無視してかたくなに昔と同じ定規の中でものを伝えようと思うと、どっかで消えていくわけですよ。腐っていくし、今の中に生かされていかない。自分のズレを生かしながら昔のものをっていうか、昔の中身を新しい自分の器に入れ換えていかないと、伝わるものも生きた伝わり方はしないっていうのも僕も思います。たとえば伝統と現代。水と油っていうのではなくて、やはりその時の混ざり方っていうのを調合しながら次にいかないと、当然生きたものにはなっていかないと思いますし、そういうことですごくデジタルっていうのは、次のステップにつなげてくれる道具としてはすごいと思うんですよね。多くの情報を集めることを得意とするハードですから、自分のズレがわかりやすい。だから伝達することが目的じゃなくて、伝達したものをどう処理するかっていうのが最終目的なわけですから、あそこでこういうことで、いろんな事をやってんだ。自分がやっている、自分らしさっていうのを、より多くの情報を集めることによって認識できるっていう部分では、たとえばそれが物理的っていうんですかね、いつの時代でもやっぱり、産業が文化の花が咲くっていうのは、情報が集まってきたところですよね。それは、パリにしろ、ベルリンにしろ、ロンドンにしろ、ニューヨークにしろ、いろんな情報が集まってきたところで、それぞれの個性の花を咲く。花を咲かせるっていうところで、金沢にしろ、京都にしろやっぱり、日本の中でもそうであったと思いますし、そうなってくると今度、ズレっていうのが、情報が、もう世界共通 の情報収集になってくると、いわゆるそれでもズレが見えないところっていうのは、その今おっしゃった属人、人間の中にいくら、たとえばチップが、さっき飲み込むチップが出てきて、身体によりコンピュータが近づいてきて、もうチップも独自にかしてくるっていうふうになってくると、突き詰めるとそこですよね。それでも伝えきらないっていうところはあると思うのね。それが絶えずおっかけっこだと思うんですけども、そこを物作りの人間たちっていうのは求めていくとこだっていう部分では、大樋さんの考えてみえる事とかっていうのは、もう全然変わんないと思いますし、それぞれの方法論で、それぞれの歴史の中で、自分なりの調合の仕方っていうか、発信の仕方っていうのもがあると思いました。


大谷裕巳氏

●浜野:最後に大谷さんにお話をいただくんですが、それこそ皆さん、裏千家とデジタルのアートとか、インターネット、何が関係あるのだろうと疑問になると思うんで、大谷さんがデジタルのそういったものに興味を持たれた経緯からお話ししていただくと参考になると思います。

●大谷:はい、お茶っていう伝統の世界の中で生きてましてね、そこからいきなりホームページって何でくるのかなっていうことで、先生のおっしゃったとおり、最初はもう、なんて事ない、パソコンも任天堂のスーパーファミコンも、全部私にとっては一緒だったわけで、一番伝達手段として、これ早いのかなと。ただひとつ、最初からこう、このWebページを作りながら思ったことっていうのは、お茶っていうのはやっぱり写 真であるとか、さっき大樋さんがこちらの画面で、お茶室入り口の所から導線ずっと通 って、お茶室に入るまでのところを皆さんにお見せになってましたけども、なかなかやっぱり写 真でピンとくるもんじゃない。やはりお茶室の中に座って、亭主が出てきて、お茶をたてて、それをいただいて、すべてドラマがあるような感じでございまして、というふうに思うんですよね。そこで初めて伝わるのかなと。それは別 に、セレモニーとかそういうものではなくて、そこで本当に「あっ、ホッとしたな」とか、「お茶っていいもんだな」と思っていただくようなことがあれば、それが一番いいんですけども。そういうものなんでね、なかなかそれをどうやってデジタルとっていう話になるんですけども、やっぱり私としては、これはもう、せっかくインターネットという便利なものがあるわけで、これでもってですね、本当にその、裏千家の本部に、「お茶っていうのはどこで体験できるんですか?」とか、アメリカやカナダから留学生がわざわざ3年間なら3年間という期間をきって、私どものところに留学にみえたり、そんなことがありましたんでね、そういうことを少しでもわかって頂くような、デジタルアーカイブ的なもので、それが導入部分になって、お茶をこう、してくださる方が増えればいいなって、そういうことで。 浜野: それは完全に、会員の方々とか裏千家とか、お茶を好きな方へのサービスでやっているんですか。  大谷: そうですね。少しでも見ていただいて、ただそれには、もっとやりたいことがたくさんあるんですけども、資金的な面 であるとか、そんなことでなかなか。あと制約がありましてですね、ここはこれ、絶対写 真で公開してはいけないとか、そんなこと言われながら、そういう網の目かいくぐりながらですね、ちょっとずつ今、作っているところなんです。今、進化中ってところですかね。 これは、トップページでございまして、最新情報っていうのはですね、だいたい家元がどうたらこうたらとか、あと若宗匠がどうしたとか。ほとんど、皇室アルバム的な、何だかよくわからないところになっているのですけれども、まぁどうしたってそういう嘉永組織ですんでね、その辺の部分は、まぁあの、英語版の方には全く、全然関係ないようなものを載せてますけども。

●浜野:裏千家でプロバイダーみたいにアドレスも発行されているんですか。

●大谷:あることはあるんです。いつでもそのアドレスをきれるようになってるんですけども、まだその会員の方に対してのサービスは始めてないんです。この入門案内のところのアンケート。この辺の部分で要するに、これお茶の先生だけで、10万人って事ですから。10万人っていう言い方はすごく語弊があるかもしれないんですけども、お茶の先生方だけがほとんど全員なんですね。ですんで、教える資格をもってらっしゃる方。それで新しく入って来られる方、これがだいたい20%〜30%くらいですかね。だからほとんどが、お茶を教える資格をもってらっしゃる方。だからそれだけの方があるにもかかわらず、お茶をどこで習って、どういうふうにしたらいいかわからないっていうのがありますんで、そういうことを、こちらの方でお教えする。住んでらっしゃる場所であるとか、そういうものを入力して頂ければ、それにそぐって一番近いところの先生をご紹介するだの、なんかそういうことをやったりですね。あと、うちの裏千家の方で持っている学校がいろいろございますんで、そこの入学要項であるとか、そういうこと案内しています。あとはもう、今、正面 に写ってる兜門っていうんですけども、こっから入っていってお茶室に入るまで、なるべくすべてのお茶室を写 真に収めてですね、これを見ていただくようになっています。

●浜野: ユーザー側からの反応ってありますか。

大谷: やはり、これ、お茶室のページなんですけども、これだけなんですよね。もっと、もっとこっから、ここをじゃぁこういうふうにくぐって、これ右側はどうなってんのとか、左側はどうなってんのって。ここのところは、それじゃ開けたらどうなってんのって、やっぱりこれわかるようにご覧になりたいと思うんですよね。だからそれをどういうふうにするかこれから。

浜野: 日比野さんの話と大樋さんの話と大谷さんの話、非常に興味深く聞きました。これが金沢の土地で議論されたっていうのは、とても有意義だったと思いますし、またこの続きはぜひeATで、また繰り返しやりたいと思います。ありがとうございました。

 

 
(セミナーでの発言から一部を抜粋して掲載しています)
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