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セミナーD
飛躍するアートの意識革命
 何がアートで何がアートでないのか?」


村上 隆(アーティスト)
ベンジャミン・ヴァイル
(ロンドンICAニューメディアセンターディレクター)
ロドニー・アラン・グリーンブラット(アーティスト)
コーディネーター:服部 桂(月刊「ぱそ」編集長)

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■SeminarD

村上 隆氏(左)

●服部:今日皆さんいろんなファンの方もいらっしゃっているのかも知れないですけれども、村上さんもロドニーさんも皆さんに人気があるというのか非常にインパクトのある作品を作られておりますし、又ベンジャミンさんは非常に鋭いアートのクリティークでありキュレーターであると、そう言う立場からお話をいただこうと考えております。

●村上:僕はすごいいいタイトルというか僕はいつも考えているその言葉そのものを言ってくれてるなぁと思って、もう一回繰り返すと「飛躍するアートの意識革命」、僕革命って言葉すごい好きでね、「何がアートで何がアートでないのか」、これ僕デビューする前から、もう18くらいの時からずーとその宮崎駿さんの「未来少年コナン」というアニメーションをみてるときから何がそのクリエーションとして一番崇高な物であるのかないのかというのを、もうずーっと考えてきたことなんで、まさにスイートスポットのタイトルなんですよね。まずその日本人っていうか日本に於いてアートっていうのは何なのかっていうっていう事、僕の私論をちょっと語りたいと思いますね。アートっていうのを日本語で言うと芸術、日本語で言うと芸術なんだけれども、この芸術という言葉すらもですね、実は輸入された言葉なんですね。工芸とかそういう美術的な物はあったにせよ芸術という確固とした概念その何かをこうなんていうかな作り出してそれそのものが自立したアイデンティティーを持っていたということは日本には無かったんですね。芸術とかアートとかは日本においては、一般 的にはデザインとか工とか、技術的な所にすごい重点が置かれてると思います。その一番いい例が美術手帳って雑誌とか開いてみても分かるんですけど今月なんかも最高級って世界の最先端のアートの紹介のすぐ隣のページに石膏デッサンが載ってますよね。デッサン力重視、それはたとえばデザイン科とか油絵科とかいろんな科があるにせよ、未だに全部に貫かれてる事だと思います。もう一つはよく何がなんだか分からないけど前衛的な行為がアートじゃないかって思われてますね。でもこれはここのポイントってのがなかなか日本の美術業界の中ではしっかりとコンテクスト化されていないんですねまだ。ですから皆さんが何がアートで何がアートじゃ無いのかってことを疑問に思うのはしごく当たり前だと思います。そして僕もずーっとその疑問においての答えを導き出すためだけにね、ずーっとこう作品を作ったりしています。


僕が現在、もっとも仕事を頻繁にしているのはアメリカです。アメリカとフランスに僕のリプレゼントギャラリーが在るんですが、60%以上がアメリカで、ずーっと活動し発表し、販売しています。そうですねMOMAとかポンピドウセンターとかなんかそういうみなさんがこうファインアートとか現代美術とかっていうと思い浮かべるような、そういうシーンで作品を制作発表しています。僕の作品、自分から言うのもなんですが、ものすごくこうピックアップされ始めました。なんで僕がそう言うふうになってきたかっていうことをちょっと説明します。こういう作品というのはアメリカやヨーロッパに於いての美術史の中では全く存在しなかったヒューマンイメージなんですね。人間のイメージ。そのロサンジェルスでこの作品発表したんですけれども、サンフランシスコモマとかにも買われ、ものすごい評価を受けました。アメリカではね。でも日本では評価どころかですね、ほとんど奇人変人扱いで、スパとあと週刊朝日とかに奇人変人お宅もどきとして報道されたんですけれども、ちゃんと向こうではそういう日本の現代の文化のクリテックとして評価されたのを、僕としては嬉しく思っています。それで何で受けているかというポイントを説明しますけど結局こうですね、西洋に於いてそのファインアートというのを、ファインアートのストライクゾーンは西洋っていうかな、アメリカでしか僕説明できなかもしれないけれど、どこかって言うとまず第一番目にはヒューマニズムなんですよね、人間中心主義、まず人が居るんですよ、その世界観の中心に。それとそのアートの中で、作品をプレゼンテーションしていく上で絶対なきゃいけないのはアートヒストリーを知っている。もしくはアートヒストリーに於いてのリスペクトが感じられるか否か、もしくはその異議申し立てをしっかり知った上でやっているか否か、そこら辺だと思うんですよね。それをなんていうかなコンテクストとして知っているか否かを担うのが、時にはキュレーターであってもいいし評論家であってもいいし、ぼくの場合は僕自身がそのクリテック、僕の作品はかなりクリティカルなものなんで、僕自身がやっていますけれども、そのおさえなきゃいけないルールみたいなのが、野球のようにあるんですね。ただそこでいかに向こうでサバイブしていくかっていうと、そこに一番なければいけないのは革新的な物を作らなければいけない、誰も見たことがないもの、美術シーンの中で、アートヒストリーの中で、誰も見たことがないものを作らなきゃいけないっていうのが一番のポイントなんですね。今まで日本人がなかなかそういうアートサーキットで出てこれなかった一番の理由がここを忘れていたんだと思うんですよ。日本の美術教育に限らず日本の教育ってのはその革新的な物をなにか創造するってことに関してはすごく消極的もしくは、あまり推奨されてないような気がします。オリジナリティーっていうことは、その革新性みたいなところにあるにも係わらず、そういう教育がなかなか施されていないと思うんですよ。僕はやはり革新的な物を作りたいアーティストだから、そこが重要だと思っているんですけどね、でもその基礎科学みたいなところだから、なかなか日本で科学に於いても基礎科学っていうのはあまり重要視されていないし、体質なのかなぁと思います。

僕のテ−マが2つ在って、僕の作品の向こうでの戦略立てというのはお宅ジェネレーションっていうことが一つ、それとキャラクターイズムみたいなものそれが2つ目、この2つで僕は作品の制作とプレゼンテーションをずーっと行っています。これヒロポンって言うんですけどね。そのお宅カルチャーっていうのは、アメリカとかではギィークとかナードとか呼ばれている人々、でもそのお宅っていうカルチャーそのものは特撮とかアニメーションとかゲームとか、もう全てが戦後日本が生み出したある意味見たくない自画像だけれども、すごい強烈な自画像に成り得てると思うんですね。僕本人はそのお宅な人間にはなれなかった、まぁすごいこうそこら辺が複雑なんですよ。ですから周辺からそういうものをクリティックするっていうポジションを取らざるをえずにこういう作品を作って居るわけです。そういうクリティックなポイントっていうのが日本の中ではなかなか成立しにくいんだけれども、外の世界では特にアートシーンでは非常に受け入れられている。そこが向こうで受け入れられ始めた理由だと思います。

あと今日は僕本気で尊敬しているロドニーさんが隣にいらっしゃいますし、僕も携帯のストラップとかでロドニーさんの作品を付けているんですけど、なんだろうキャラクターイズムていうもの、キャラクターを作り続けてキャラクターを消費するその文化、もともとはそのキャラクターイズムって言うのは戦後アメリカの産業、えーとなんて言うかな、非常に産業がこう豊かに成ってきてアドバタイジングをもっともっとこうパワフルにするために生まれてきたカルチャーなんですね。そのCIとしてのキャラクターを作るそれがいつごろからか日本に輸入されて、自然とですね輸入されてそれが今や日本のオリジナル文化に成るまでに発展してしまった。ここら辺が僕が考える意味での戦術のポイントっていうかな、一番のキーポイントではないかと思います。

●服部:非常にインパクトがあるというか、非常に新鮮でした。次に村上さんも尊敬してるというロドニーさん、コマーシャルでも皆さん良く目にされるし、テレビとかパフィーのジャケットとかですね、正に時代のアイコンになりつつあると思います。でロドニーさんにはWebで作品を色々見せていただけるということですので、よろしくお願いいたします。


ロドニー・グリーンブラッド氏(左)
●ロドニー:今日は私のWebサイト、ホームページをご覧頂きます。僕がWebサイトで大変気に入っている点といいますのが、個人的な経験を世界中の人に見てもらえる、いわゆる会社など大きな業界の手助けを得る必要もなく、個人で発信して、世界中の人に見てもらえると言うところが大変気に入っています。今日はWebサイトでみなさんが、ご覧になったことがない物をご紹介したいと思います。これはバレンタインのために作った作品なんですけれども、ペイントのソフトを使って約5分で仕上げて、それからWebに立ち上げるのに約5分で、ということは約10分間で自分の意志を世界中に伝えることが出来るということですね。この作品も大変素早くできた物なんですけれども、ペイントのソフト仕上げた物です。ペイントソフトでいいところは、いろいろな筆なら筆の、ペンならペンの、マーカーならマーカーの質感が出るということです。これがWebのウエルカムページ、最初のページなんですけれども、このキャラクターっていうのはP.J.バリーといいましてこのキャラクターなんですけれども、デザインするときにいつもキャラクターが出来上がるとですね、すべて子供、自分の子供のように思っているんですけれども、時々キャラクターが一人歩きして、パラッパーのように一人歩きして勝手に動いてくれる人もいるんですけど、このP.J.バリーの場合は、まだまだ僕が育てているという段階で、先ほどご覧になったのは、彼にどうやって字を読むかを教えているところです。ここにあるのはコマーシャルプロダクトの一覧のようなものなんですけれども、一番上のはフリッカーマジック、彼はアメリカの子供向けテレビ番組の中に出てくるキャラクターです。それからロドニーファン、ファミリーマート、これは皆さんご存じだと思います。それからこのロタ・トゥルーというのは新しいキャラクターで、これはおもちゃとしてデビューする予定です。ここはミュージックCDのページでありまして、大変音楽を弾くことが、演奏することがとても楽しいので楽しむと言う意味で今音楽を作ったりしてます。日本ではこのCDは購入出来るんですけれども実はアメリカでは出てはおりませんので、このWebで発表する事によって彼のお友達が彼の音楽が聞くことができるという事で、そういった意味でもWebは大変活躍しています。それから子供向けの本を何冊か作っております。このページは、その子供向けの本のページですけれども、この内のいくつかは日本では発表されていないものなでWebで読むことが出来ます。

今回のこのプレゼンテーション、eATのプレゼンテーションのために新しい物を持ってきましたので、それをお見せしたいと思います。これはニューヨーク州北部にある私のスタジオです。ご覧のようにこの建物の中は、なるべくノンデジタル、デジタルではない環境に置きたいというふうに考えまして、というのは普通 の日はコンピューターの前で作品を作ったりしている毎日なので、ここは週末にゆっくりと過ごす場所ということでコンピューターといったものは一切ありません。ここは改装して週末にはゆっくり過ごせるようにしました。


服部 桂氏(右)
●服部:ありがとうございました。URLはwww.whimsyload.com.です。皆さんもぜひアクセスしてみて下さい。いろいろご紹介がありましたけれども、びっくりしたのは、ロドニーさんが5分間で書いたやつとか、こんなに良く知られているキャラクター作家なのに、今書いたやつが、オリジナルが、すぐインターネットで僕らも見れてしまう。日々考えられていることが、そのまま僕らが共有出来るって言うのは、すごいページだなぁと思いました。今までのアートっていうと、どうしてもギャラリーに行ってとか美術館に行って何年か前とか、すぐとしてもかなり前に作られた物ですけど、正にロドニーさんの今がこの中に見えてしまうっていう事は、すごいんではないかなというふうに思いました。先ほど村上さんがキャラクタービジネスってことをおっしゃっていたと思うんですけど、こういうキャラクター的な、まぁどちらかというとビジネスの話になってしまうかもしれないですけども、今後そのキャラクター的なアートって言うべきでしょうか、アートとアートでない境界線に在るようなキャラクタービジネスっていうのは、こういうWebのような方法が出来ることによってかなり変わっていくとお考えでしょうか。見てるとインターネットがある前と後でそのキャラクターのあり方とか、大分変わってきてるように思うんですね。というのは基本的にキャラクターを流通 するインフラですね、ビジネスと言う話になるとアートを如何に知らしめるかという、みんなが共有できるかっていう場の問題で考えるとですね、今までのような美術館に我々が行って見せていただくというよりもロドニーさん的なものがこっちから行ってもすぐWebでも見れるし、いろんな所にあふれてると言うことでかなりかなり変わって来るような気がします。村上さん何かこのキャラクタービジネスっていうことでご意見ありませんか。

●村上:その商品を売るためにキャラクターを生み出したのが、今キャラクターそのものが売れるって事ですよね、だからある意味キャラクターの力を借りて商品を売ってたのが、キャラクターそのものも物になったということですよね。

●服部:一つのジャンル?

村上: 商品のジャンルですよね。あのちび丸子ちゃんとかもでもそうですし、やはりチャンスは無限に広がって行くでしょうね。アクセスの仕方が僕らのジェネレーションよりもっと下の子達っていうのは全然違うじゃないですか、Webに係わってる係わり方が、授業中とかにもしかしたら先生の目を盗んでピュピュッとやったらそういう所に行けちゃったりしてね、そうするとインパクトっていうのは全然違うでしょうね。

●服部:これからはですね、ベンジャミンさんに、実際にアートを扱っているWebサイトをいくつかご紹介頂きながら、今アートの在る位 置ということをちょっとお話頂きたいと思います。
 

 

ベンジャミン・ヴァイル氏
●ベンジャミン:私のバックグランドというか、どういう事やってるか、ちょっと話したいと思うんですけれども、取りあえず2つの展覧会、私キュレーションした展覧会マニフェストとバップレッツィーという、これ非常に重要な物で、両方ともパブリックな空間でやった展覧会です。ウェッブもやはりパブリックな空間、新しい今までと違ったパブリックな空間なんですけど非常に面 白いです。特に美術館やギャラリーに入ったら、もちろん作品見るために入っているということ、その目的で入っているから逆にパブリック空間の場合には、それは無いんです。基本的にその作品が現れてくると自分がこれ美術か美術でないか初めから分からないんです。ネットワークというかWebが新しいラウンドスケープというか、風景、外の現実にある物と同じような物があるんですね、お店あるし、空間あるし、ブラウザだけで自分がその中に旅できる。きょうはそういうWebを使っている作家の作品を紹介したいと思います。

最初にロシアの作家、アレクセイ・シュルゲンと言う人、この人がワールドワイドウェッブウォーズというホームページを作って、その中にいろいろな自分が発見したWebページをリンクしてそれにウォーティバル大賞あげてるんですね。これが見方による美術かもしれないということ。インターネットで美術と美術じゃないものの間の境界線が見えにくくなっている、ぼかしてる。このミスインターパーティーションというか勘違いということの可能性がアーティストのアイデンティティーが無くなる可能性があるんですね。これは実は悪くないかも知れない。Webはなんですか、パブリック美術、宣伝ですか、ただのデータノイズですか、これはギャラリーとかクリテックとか関係あるんですか、私たちこういう物欲しいんですか?そう言う質問ですね。 これがフィロソフィー イズ ビュウティーという化粧品の宣伝です。この会社のイメージが自分のものをケアすることは一つの哲学じゃないかと、だからこの化粧品中にフィロソフィーがこの意味になるのかと、こういう風にこの会社が哲学の意味が、ここまで変形したから大賞上げた。ドイツの作家、ダッカ・ホルダー・フィーゼていうんですけれど、このページで誰でもWebページ作れるんです。今一番良くあるやり方が、自分で一から作るんじゃなくて、デザインするのではなくてCD-ROMにあるデータを取って、そのままで自分のイメージに適するデータを出すということ、そういうテンプレートでできているWebページを見せてるんです。次がアメリカの作家ビビアン・セルボという人の作品で、彼女が電子メールをテーマに利用してこういう作品作ってるんですけれども、特に電子メールとバーズワードというんですけれども日本語で多分キーワードですね、キルアップとかそう言う言葉の使い方が彼女のテーマです。

次の作品がチーム二人で、ジョウーディー、ジョウンとダークというオランダ人なんですけれども、この二人がだいたいスペインで活動してるんですけれども、その二人の作品のテーマが機械とか物をちゃんと動かないときのテーマにしてます。これ市民というタイトルですけれども、これ新しい出版、インターネットの出版物ですね。インターネットの進化の重要な時期の作品です。特にいろいろの人たちの未来が始まるとき自分も居たいんです、自分も手伝いたいということですね。ジュリアン・シェアという作家のサイト。彼女は監視の関係の作品を作っている作家です。インターネットが新しい監視のシステムと見ているんです。たとえば何時でもWebページとかにアクセスするとサーバーが自分のいろいろな情報を記録する。たとえば何を見た、どれぐらい長く見た。全部サーバーに入っているんですよ。この作品に普段にみれない情報、そういう隠している情報、自分が開けているけど見えない情報を見せているんです。マッシー・ミシニスキー、ポーランドの作家の作品ですけれども、これジャック・ポットというんですね。ジャック・ポットがスロットマシンでお金貰うときの話ですから、これが何というか皮肉のような作品です。リモコンが付いて再生をさすと同時に3つのページが出てくる。これはショップミシンのようなもので、上の方の3つのウィンドウMILとGOBとORGが、これが一緒でしたら、自分が賞を貰うということ。

 

●服部:今インターネットのウェッブを介してアーチストがいろんな作品を発表していると、だけどそれは自分のキャンバスにただ貼ってインターネットのホームペジで見せるっていうだけじゃなくって、インターネットだから出来ること、インターネットに特有の表現とか、インターネットを新しい今までと違うキャンバスと考えたときに、どういう風な使い方が出来るのかっていう例がいろいろあるんじゃないかというお話ですよね。

●べンジャミン:これが新しいですけれども、世界が新しい見方をするんですけれども。物自身を見せないようにしている、というのはリプレゼンテーションというのはイメージを見せないで別 のやり方でそのものを見せる。

服部:たとえばみんなの情報を、たとえば世界中の人がホームページを作っていると自分の誕生日を登録しておくと、世界中の人たちが誕生日だけで繋がっちゃうとか、インターネットでしかできない新しい、それをコンセプチュアルアートといって良いかどうか分からないですけれども、新しいフォーマットの物が出てくることは確かだと思うのですけれども、こういう経験というのは昔からいろんなアイデアはあったと思うんですけれども、たとえば、ちょっと古いですけれども絵画しかなかったときに写 真が発明されたときも、なんかそういうような新しいテクノロジーに依ってアートが非常に揺らぐとかそのあり方自体が、もともとその絵画を描いている人はその王様の肖像とか描いてそういう映像として残すという作業をしていた人たちも、たくさんいる中で優れたアートも出てきたと思いますけれども、 写真が発明されるともうそれで、撮るだけでですねそういう物はどんどんできてしまうと。そうするまた絵画自体も変わってきたというような歴史があると思うんですけれども、今あの、ベンジャミンさんがお見せになったようなWebが出てくることによって、アートというのはどういうインパクトを受けるとお思いですか?。新しいフォーマットとしてWebにプロパーな表現、こういう物だからできるっていうのが、今もアートかアートでないかって言うこを我々論議してますけれど、そういう新しいフォーマットとして成り立ち得るものなのか、どうでしょうか。

ロドニー:全くおっしゃっるとおりだと思います。Webの登場というのは、新しいフォーマット、新しいメディア、新しい素材ですよね。機材を得たという部分で、アーティストとしてもまだまだこれからそれをどうやって使いこなしていくか、 ということに時間がかかるというのではないだろうかと、またテクノロジーが変わる毎に 又フォーマットも変わっていく訳で、これは終わりのないテクノロジーとアーティストとのいわゆる戦いといいますか、チャレンジといいますか、そういったものはこれからもどんどん続いていくだろうと思います。

●服部:昔はアートっていうと、偉い、僕の素人考えでいうと、偉いアーティストが描いた物があってそれは1点しかなくって、きっとオリジナルっていうのがあってですね、それは素晴らしい美術館にあって、それを見に行くと、贋作とかコピーで流布することもありますけども 、先ほどのロドニーさんのを見ていると、ロドニーさんのオリジナルに誰でもがアクセス出来るような形になる。ある意味でそのアートをリプリゼントするようなミュージアムっていうようなものも、非常に影響を受けると思うんですけれども、ギャラリーとかミュージアムっていうのはこういう事によってだいぶ変わってしまうんじゃないかと思うんですがどうですか。

●ベンジャミン:新しいメディアをどうやって見せるか、どうやって自分の美術館に使うか、どうやって自分の組織を変わらせようかと考えています。先週ベルリンでJKMという大きな新しいメディアのインステチュートということですけれども、そこでそういう話あったんですね。あの特に美術館とかどうやってこういう新しい作品をコレクションするか。美術館自身がこういう新しい作品をプロデュースし始まっているんです。たとえばグーゲンハイム美術館があのブランドンというプロジェクトをやったんですが、それとアメリカのウィッテン美術館も今から新しいア−ティスト以上にさきがけて新しい作品を作るんです。例えば一つの大きな変化があるかも知れないですけれども、大昔、美術館が作家が死んでからその美術品を買ってディスプレイしたんです。それで最近20世紀に特に戦後も生きている人の作品も特にエスタブリッシュされていて、もう有名になって価値が決まっている物を入れるんですけれども、多分今からもう始まっているかも知れないのですが、美術の世界の中のギャラリーがやっていることって言うのが、新しい作品捜して、新しい作家を捜して最初に発表することはもしかしてこれから美術館もやるかもしれない、これはどっちかというと販路の速度の話ですね。

●服部:僕思うんですけれども、なんかグーゲンハイムも世界中に各都市に出ていったり、ボストン美術館 が名古屋に来たりとか、非常に既存のミュージアム自体がインターナショナル化していたり、ある意味ではギャラリーの役割を美術館が果 たすという非常に作家に近いところに美術館も寄っているし、インターナショナル化している。その基本的な構図というものが大きく変わってきているんじゃあないかなと思うんですけれども。その中で出てくるアートっていうのは、自分が落書きしたものから超大作家のものまでが、みんなアートに見えるんですけれどもそういうものが一直線に同じように、今までは大作家の芸術は美術館に行ってみて、それから後はみんなお絵かきだったんですけれども、それがみんな程度の差は違ううんだけど何となく全部アートに見えてくるような気もするんですけれども、村上さんどうお考えですか。今のそういうインフラが変わることによって、芸術というか、アートというかどういうふうに変わってくるっていうふうにご覧になってますか。

●村上:こういう誰もがこう勝ち取れる自由なそのフロンティアが出だすという時っていうのは、やはりそこはもうゴールドラッシュになっていて、みんながワーっといっているからなかなか可能性がないと思うタイプなんですよ。例えば自分が家に居ながらにして世界が分かると言う風に考えるんだったら、僕は旅行するよみたいな、逆説の考えかたなんで、僕は。今その例えばあの航空運賃でも、すごく安くってすぐ世界にどんどん飛び出していけるし、その例えばフレックスとかDHLとかでもすごいローコストで、すごいスピードで物が移動できますよね。そのときにWebの中でもそうでしょうけれども、一番意外とこういう時にわかってくるのは国っていうその境界っていうのがものすごく立ち上がってきて、それについてこう考えざるを得ない状況っていうのがどんどんスピードアップして、構想パフォーマンスが下がると、国という組織というか、構造みたいのがすごく立ち上がってくるんですよね。結構その極東である僕らのこのスタンディングポジションというのは、なんかスピードアップしたり、こうそういう自由が確立すればするほど考えないとなかなかフリーをほんとに手に入れられないんじゃないかなと思うんですよね。例えば僕の作品をアメリカに輸出するとき、例えば前のサムカウボーイというおちんちんのある作品とかは、パンツをはかせて輸出するんですよ。それは税関の問題であったりとか、日本では非常にセクシュアリティとして規制されるけど、アメリカに入る時にはそういうの自由であったりとか、そういうこうなんかなんて言うかなバリアが逆に立ち上がってきたりするんで、そこら辺はいろいろ考えどころだなぁと思います。ただ僕はその新しいアートのビジネスを考えると、そのWebというのは、お金の移動とかも含めて極東の日本と言うことを考えると、ワールドワイドで考えるとものすごくでかい可能性があるとは思うんですよ。だからそれを今年僕は検索して、自分の表現したいことをやるっていうためじゃなくて、どうやったらこううまいそのビジネスがWebの中でできるかなっていうのをやってみたいなとは思ってますけど。

●服部:村上さんの今後考えられてるビジネスなんかは既存のその博物館とか美術館のシステムを通 すよりも、もっと違う新しいフォーマットで直接出ていけるインパクトがあると思うんですけれども、そういうルートにのっけるよりも、新しいそのインターネットだとどうせ途中で止められることがあったとしても、また世界中から検索したりできるわけですよね。

●村上:だからメディアはどんどんどんどん増えて行くけれども、このWebでなんかワーと踊ってしまった日本人のあほさかげんというものを自分たちで分かって、今度はちゃんと実利でやって、もしくはそのWeb自身において、ものすごいその革新的なものを作ったりとかって言うところに考え方を持っていかないと意味がないんじゃないかなと。要するにそのメインコンセプトそのものを考え出すっていうことに集中力を絞ったっほうがいいんじゃないかなって僕は思うんですけれどもね。

●服部:今回議論されたWebというのは、一つは流通の手段としてアートを知らしめるという広報機関的な役割もあればそのWeb自体の使い方が一つのアートのフォーマットとして作られていると言う二つの局面 があるので、それを一緒に論じることは出来ないと思うんですけれども、今まではその何でもインターネットでやるっていう風潮もあったんですけれども、ベンジャミンさんがおっしゃっているのはこれを通 して新しいアートの表現のフォーマットってことをお話になったと思うんですけれど、ロドニーさんはそいうものは新しい形で古い物と融合していくのか、今後Webのような新しいフォーマットっていうことになる新しいアートができていくのか、どういうふうにお考えですか。

ロドニー:どちらも現在自分にとっては大事なメディアです。デジタルメディアの面 で言いますと、あの皆さんにご覧頂いたようにWebサイトというのは大変なパブリックな場所で、一瞬にして世界中の人とコミュニケーション出来るという、これはこれで大変素晴らしい事ですし、この利点は他のメディアでは、こなせないことですので、そういった面 のデジタルメディアという部分は大事にしたい、それとは別に今度は粘土や絵を描いたりといった、いわゆるこう物に触るというこの触感、五感を使った芸術というものもどうしても切り離せない。この材料を手にとって触っていることによってそこから生まれてくるそのコンセプトというものもあるので、このプロセスもどうしても大事にしたいということで、一番大事なのは基本的にはこの二つをどうやってバランスを取っていくかということ、そしてまた、これは必ず共存して行くべきものであると思います。

●村上:僕はロドニーとベンジャミンさんと両方に聞きたいのですけれども。ファインアートとコマーシャルアートとは日本では渾然一体になっているけれども、それはどう違うと考えるのか。 ロドニー: 当初はこのコマーシャルアート、商業アートとファインアート芸術性の高い芸術アートといいますか芸術ですね。この二つの間を橋渡し出来るような作品が作れると信じておりましたが、最近では考え方が変わってきました。コマーシャルアート、商業アートの場合は、これはどちらかといいますとコラボレーションワーク、多くの人が一緒になって共同で作り上げる作品ですので、大きな作品であればあるほど多くの人が係わってきます。そこに自己表現ばかりをこう強調した作品を手渡してしまうと、究極的には変えられてしまう。自分の表現方法を変えられてしまうので、そういった試みはもうやめまして、コマーシャルアートはコマーシャルアートというふうに割り切り、みんなで協力していい作品を作るというふうに専念しています。それとは別 に自分の作品は自分の作品、プライベートなものとして自分で作り上げるというふうな、はっきりと分けた考え方をしています。

●ベンジャミン:日本の場合はそういうコマーシャルアートとかファインアートとかの間の境界が西洋より全然薄いんですね。一つのやり方が意図的に自分の意識で作品作るその自分の意識が一番重要ということが、多分それが美術ですね。もう一つのやり方が、やはりクライアントがその作ることに非常に影響が大きいんですね。もしクライアントに言われた通 りに物を作ったら、それはアートじゃないんですね。だけど美術史のなかをみたらこういう独立なクリエーション、独立な作家と言う考えは非常に新しいんです。例えば昔ほとんどの作家がコミッションで制作したんです。ほとんどの場合は非常に細かくに指示されている。例えばキャンバスの大きさあの色、赤どれぐらい使う、青どれぐらい使うと、そしてある宗教のテーマにしてそのクライアントのポートレイトが右の下に入れて奥さん隣に座っているとか、そういう非常に細かくに指示されたのに、あのラファエロでもミケランジェロでもみなこういう制作したんです。その中に非常に評価の高い作品がたくさんあります。それで西洋特に西洋文化の場合は、美術の中にみたらアーティストのイメージ、悩みながら貧乏で、自分の価値観が曲がらないと言うロマンチック的な見方がまだあるじゃないですか、美術で。今では変わり始まっているじゃないですか。特にコラボレーション的な作品が増えている。例えばインターネットの関係とか他の新しいメディア関係で、もしかしたら今一人でできるかもしれない。でもいろいろな技術的な問題とかがあるから一人で出来なくなるじゃないですか。

●服部:今私も考えたんですけれども、すごくアートであるものとないものっていうことがかなり明らかになってきました。それは何かっていうと、例えば僕は新聞とかやっていますけれども、自分でなんか書きますよね。それは自分の日記に書くのと同じものを新聞にするとそれは商品になっちゃうんですね。ですから、もともとアートはいつどこで誰が何のためにやっているかっていうことが常に消去されて、われわれもう出来た作品だけをみて、いろんな解釈聞きますけれど、そういうものはアートでないものアートを取り巻くもの、元々は神様のために作っていたものが王様のために作り、自分のために作りそれから大衆のために作るのか恋人のために作るのか、そういう状況とかアートを取り巻いている関係性、先ほど最初にコンテクストっていうことを村上さんがおっしゃいましたけど、アートをアートとして成り立たせている何か条件と言うようなものがですね、今、インターネットとかコンピューターとかいろんな物によってかなり揺らいできているんではないかなっと思うんですね。僕はアートの業界の人ではないので、勝手にそう解釈しているんですけれども、常にアートであるかアートでないかってことを常に考えていたらきっとアートはできないと思うんですけれども、何故こういう質問がここで出てくるかってことを考えますと、きっとそういうことを質問したくなちゃうっていうことがきっと問題なのですね。ですから今こういうことがなんか非常にアートであるものとない物は何なのかっていうふうな問題意識を持つ今の時代っていうのが、何なのかっていうことを論じることしかここではできないんですけれども。今、まさにアートを取り巻く状況がいろんな形で変わってきているということが言えるのではないでしょうか。

 

 
(セミナーでの発言から一部を抜粋して掲載しています)
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